脳神経内科医によるブログです。自己学習として読んだ論文や、論文中で出た英単語を記録しています。

Bing-Neel症候群の総説  まとめ備忘録 その2|神経内科の論文学習

 最終更新 2021年4月30日

 

 前回に引き続いて,Bing-Neel症候群に関する論文をまとめます.

 前回は概説,臨床像,疫学をまとめました.今回は,検査,診断に関してです.私が一番知りたかった部分です.非常に勉強になりました.

 

 

今回の文献

Guideline for the diagnosis, treatment and response criteria for Bing-Neel syndrome

  Haematologica. 2017 Jan;102(1):43-51. 
  
doi: 10.3324/haematol.2016.147728.
  
PMID: 27758817

haematologica.org

 

How we manage Bing–Neel syndrome
  Br J Haematol. 2019 Nov;187(3):277-285.
  doi: 10.1111/bjh.16167.
  PMID: 31430829

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

Bing-Neel症候群の診断

組織学的検査

 Bing-Neel症候群(BNS)診断のゴールデンスタンダードは脳や髄膜を生検して,リンパ形質細胞性リンパ腫を証明することである

 中枢神経系原発悪性リンパ腫以外にも,他の全身性リンパ腫(潜在性)も中枢神経病変を生じることがある.そのため,生検での鑑別が重要である.

 生検は,ステロイド治療を行う前に行うべきである.

 細胞診のみでBNSと診断することは推奨されない.フローサイトメトリーでの評価が必要である.

組織フローサイトメトリー

 フローサイトメトリーでは,B細胞系のマーカーであるCD19, CD20,CD22,CD79a,CD79bを認める.多くの場合,CD27,CD52も認める.稀に,CD5,CD10,CD23が発現している症例もいる.単一な形質細胞があり,CD138IgMが発現している.中枢神経で検出される形質細胞と,骨髄の腫瘍性リンパ形質細胞は同じprofileである.

リンパ形質細胞の分布に基づいた分類

 中枢における腫瘍性リンパ形質細胞の分布に基づいて,Type A とType B と分ける分類がが提唱されている.

 Type Aは,脳実質や髄膜,硬膜,髄液からリンパ形質細胞が証明される症例である.75%の症例でがtype Aに分類される.

 Type Bは,髄液中のリンパ形質細胞がごく少量である(<5 個/mm^3).中枢神経への細胞浸潤よりもIgM沈着が症状の原因と考えられる症例である.しかし,M蛋白の沈着がBNSの原因かどうかは未だ証明されていない.

髄液検査

 軟髄膜病変がある場合,髄液からリンパ形質細胞が検出されうる.髄液検査では,細胞数カウント,細胞分画,生化学検査,形態解析,フローサイトメトリー,分子検査を行い,腫瘍性B細胞を証明する感度を高める.

 可能なら,占拠性病変の除外や,髄液採取後の非特異的な髄膜造影効果,閉塞性水頭症を除外のために,先にMRIを行うのが良い.

髄液一般検査

 髄液所見では,初圧上昇,リンパ球増加,蛋白増加,髄液糖正常~低下などを認める.他のリンパ球性あるいは感染,炎症性機序でも,リンパ球増加を認めることが重要である.そのため,適切な鑑別が必要である.

髄液 細胞形態評価

 形態学検査は標準的な検査であるが,感度が低い

髄液フローサイトメトリー

 フローサイトメトリーではB細胞マーカーや形質細胞マーカー,軽鎖(light chain restriction)を証明することで腫瘍性クローナリティを証明するのに役立つ.髄液中の細胞は急速に崩壊する可能性があるため,採取後は可能な限り早くフローサイトメトリー検査すべきである.細胞安定化因子(Transfixなど)は,細胞崩壊を抑制することで髄液中のB細胞クローン検出能を向上させる.髄液中のクローナルB細胞は,骨髄中の細胞と同じ免疫表現型を持つべきである.フローサイトメトリーは感度が高い方法であるため,髄液への血液コンタミに注意する必要がある

蛋白電気泳動と免疫固定法

 蛋白電気泳動と免疫固定法は,髄液中のM蛋白の検出と分類のために使用される.

 BBBが障害されていない場合,髄液中IgM型M蛋白が骨髄中のリンパ形質細胞のlight chain restrictionと同じあるいは,血清M蛋白と同じである場合は,軟髄膜にリンパ形質細胞があることを示す.

 しかし,BBBの透過性が亢進している場合,血清IgM蛋白は血液から髄液へ浸潤する.そのため,中枢神経でのリンパ形質細胞の存在を反映しない可能性がある.

 現在のところ,蛋白電気泳動と免疫固定法の診断有用性についてはまだ十分に分かっていない.

 検査する際は血液がコンタミしないように注意する.

生検あるいは髄液での分子学的検査

免疫グロブリン遺伝子再構成解析

 94%で免疫グロブリン重鎖の再構成を認める.中枢神経領域でのリンパ形質細胞と骨髄の細胞で,免疫グロブリン(重鎖・軽鎖)の遺伝子再構成が同一の結果であればBNSを強く示唆される.

MYD88 L265P 変異

 アレル特異的PCR(AS-PCR)などの,高感度の方法を用いた場合,Waldenströmマクログロブリン血症(Waldenström macroglobulinaemi:WMの93~97%でMYD88(L265P)変異を認める.高感度のリアルタイム定量PCT(qPCR)を用いることで,髄液中や生検組織でのMYD88(L265P)変異を検出することでができる.qPCRは非常に高感度であるため,血液コンタミに注意する必要がある.

 MYD88(L265P)変異はBNS以外の疾患でも検出されることがある.
 中枢神経系原発悪性リンパ腫や精巣リンパ腫でもMYD88(L265P)変異の頻度が高いと報告されている.稀に中枢病変を生じうる慢性リンパ性白血病や辺縁帯リンパ腫,low-gradeリンパ浸潤性疾患でもMYD88(L265P)変異を生じるとされる.

CXCR4変異

 WMの約30~40%でCXCL4変異を有している

 CXCR4変異の検査としてSanger sequencingがよく用いられるが,PCR検査と比べると感度が低く,偽陰性の問題もある.PCR検査や,Next generation sequencing検査の発達により,BNSでの髄液中のCXCR4検出制制度が向上すると考えられる.

画像検査

 MRIでは,FLAIR画像やT1強調画像などを,造影・非造影で行うべきである.しかし最適な画像プロトコールは確立していない.

 脳・脊髄MRIで異常所見がなくてもBNSを除外するべきではない.また,組織形の鑑別は困難であり,髄液検査や組織生検が必要である.

 BNSの80%で脳や脊髄に異常所見を認める.最も多いMRI異常所見としては,軟髄膜の造影効果であり,BNSの80%で認められる20%ほどで脳の占拠性病変を認める

BNSの画像上の種類

 BNSでは中枢病変について2つのカテゴリーがあると提唱されている.1つはびまん性タイプ,もう1つは腫瘍性タイプである.

びまん性タイプ(Diffuse type)

 脳の軟髄膜や血管周囲空にリンパ球浸潤を認めるタイプである.通常,造影効果や髄膜の肥厚を認める

腫瘍性タイプ(Tumoral form)

 単発あるいは多発の病変を生じる.通常,大脳深部白質領域に生じるT2強調画像やFLAIRで脳実質の高信号を認める.

 血管性浮腫でも同様の所見を呈する.DWI拡散強調画像では 高信号を,ADC画像では等信号を認め, 血管性浮腫が示唆される.この所見は腫瘍が血管周囲腔に浸潤し,BBBを障害していることが示唆される.

 一方で,過粘稠度症候群(HVS)で出現しうる脳梗塞では,拡散障害を生じる.BNSとHSVの鑑別するのに役立つ.

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その他のタイプ

 脳神経や脊髄神経に異常な造影効果を認める場合や,馬尾の肥厚造影効果を認めることがある.

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血液検査

 BNSは主にWMと併存することで診断される.そのため,血液検査では,血算,血液粘稠度,血清免疫電気泳動,血清免疫固定法,IgM,IgG,IgAの定量評価,β2ミクログロブリン,クリオグロブリンなどを含めた検査を行う.

 もし WM が存在する場合,診断時にIPSS-WMスコアを評価することで,全身性疾患のリスクの評価を行うことに役立つ.しかしIPSS-WMスコアはBNSの予後マーカーではない点に留意する.

眼球評価

 WMでは,稀に眼球の異常が出現すると報告されている.また,過粘稠度症候群では網膜の変化を生じ得る

 眼症状がある場合は,眼科的評価を行う必要がある.

 

論文を読んだ感想

 まだまだ知らない知識が多いなと痛感しました.日常診療で感じるのですが,全く知っているのと,少し知っているのとでは大違いです.少し知っていれば鑑別に挙げて考えることもできますが,全く知らないとそもそも鑑別にすら挙げられません.良い学習になりました.

 Bing-Neel症候群に限らず,本当に中枢神経系のリンパ増殖性疾患は難しいです.適切に組織学的検査を行うのが最も重要なのでしょう.疑い,見極める力を是非養いたいです.

 今後,疑わしい症例がいたら,今回の備忘録を活用したいと思います.

 

Bing-Neel症候群の総説  まとめ備忘録 その1|神経内科の論文学習

最終更新 2021年4月23日

 

前回,Bing-Neel症候群に関するNEJMのMGH caseを取り上げました.

 

www.neurology-memo.work

 

Bing-Neel症候群について,知識不足であったため,総説を2つほど読んでみました.いずれも分かりやすい内容でした.備忘録としてまとめたので,共有いたします.

 

長くなるため幾つかに分けてます.今回は その1 として,疾患概要と臨床像,疫学等についてです.

 

 

今回の文献

Guideline for the diagnosis, treatment and response criteria for Bing-Neel syndrome

  Haematologica. 2017 Jan;102(1):43-51. 
  
doi: 10.3324/haematol.2016.147728.
  
PMID: 27758817

haematologica.org

 

How we manage Bing–Neel syndrome
  Br J Haematol. 2019 Nov;187(3):277-285.
  doi: 10.1111/bjh.16167.
  PMID: 31430829

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

Waldenströmマクログロブリン血症とBing–Neel症候群の関係

Waldenströmマクログロブリン血症(WM:Waldenström’s macroglobulinemia)は,モノクローナルなIgMパラプロテインを産生する腫瘍性リンパ形質細胞リンパ腫である.

WMの臨床像は様々であり,無症候性の場合や症候性となり貧血や神経症状(末梢神経障害,過粘稠度症候群など)を呈することもある.

稀に髄外症状として胸膜病変や腎臓病変,中枢神経病変を生じうる.WMによる神経浸潤で生じる症候がBing–Neel症候群(BNS:Bing-Neel syndrome)である.BNSはWMの約1%で合併する稀な合併症である.

歴史

1936年にJens Bing とAxel von Neelがマクログロブリン血症患者に合併する亜急性の神経症状を2例報告し,Bing–Neel症候群として認知された.(その8年後の1944年にJan Waldenströmが骨髄腫に伴う貧血,マクログロブリン血症,凝固異常を報告した)

Bing–Neel症候群の臨床像

BNSの臨床症状は多様である.中枢神経,稀に末梢神経を障害する.
症状は緩徐に進行し,週~月単位で発症,進行する.

症状

  • 頭痛,嘔気・嘔吐,視力障害,聴覚障害,脳神経麻痺 (顔面眼球神経麻痺など).通常は髄膜病変を伴う.
  • 痙攣,認知機能障害,失語,精神症状,小脳障害,意識障害,麻痺など(脳実質病変あるいは脊髄病変を反映する).
  • しびれや痛みなどの感覚症状 (脳実質や脊髄病変 あるいは馬尾病変,脊髄神経根 などの障害を反映すると考えられる).

BNSを診断あるいは除外できるような特異的な症状は存在しない.

症状の頻度

48%で平衡感覚障害を伴い,最もcommonな症状と報告されている.他の症状と頻度は,脳神経麻痺 29~36%,認知機能障害27%,感覚障害 12~25%,頭痛 12~18%,腰背部痛18%である.

鑑別疾患

過粘稠度症候群(HSV:Hyperviscosity syndrome)

HSVの症状として,新規発症の頭痛,視力障害,鼻出血,思考力低下などがある.

IgMの高度上昇や血清粘稠度測定でHSVとBNSを鑑別する.血清IgM <30 g/Lでは,症候性HSVは稀である.

眼底検査では,網膜出血や網膜血管のソーセージ様怒張(sausaging)・ねじれなどを認める.

ニューロパチー

脊髄神経根あるいは馬尾病変による感覚症状はニューロパチーと類似する.IgM関連ニューロパチーでは,左右対称性のlength-dependentな感覚症状が月~年単位で新個数る.症例によっては,抗MAG抗体(myelin associated glycoprotein)を検出する.MAG抗体陽性 ニューロパチー と間違われる.MAG抗体陽性ニューロパチーでは,感覚性失調,歩行障害,遠位優位筋力低下を生じる.

左右非対称性の分布や運動優位の症状の場合は,BNSを疑う.

血清の抗MAG抗体を検査する.

リンパ腫/リンパ性白血病の中枢浸潤

リンパ腫瘍,DLBCL,辺縁帯リンパ腫, 慢性リンパ球性白血病,ホジキンリンパ腫,NK/T細胞性リンパ腫 は中枢神経も障害しうる.

組織学的検査でBNSと鑑別する必要がある.

疫学

Bing-Neel症候群の頻度,診断までの期間

BNSは症状が多様で,頻度も稀であるため,しばしば診断に期間を要する.

BNSの頻度は正確な分かっていないが,1,523例の WM のレトロスペクティブコホートでは 13例(0.8%)で BNSと診断された.そのため頻度は非常に稀と考えられている.

後方視的解析では,BNS発症から診断までの中央期間は4ヶ月であった.さらに,20%の症例は1年以上かかると報告された.
また,BNSと確定診断される前に死亡することもありうる.

無症候性 BNSも存在する可能性があるが,頻度は不明である.

Waldenströmマクログロブリン血症とBing–Neel症候群の時間的関係

WMのあらゆる段階でBNSを生じうる.

WMが寛解し,M 蛋白が微量あるいは検出感度以下となっている状態でも,BNSを生じ得る.

WM発症からBNS診断までの中央期間は3~4年とされる.

BNSの30%は,WM治療開始前にBNSを合併する.さらにその半分はWM診断時にすでにBNSを合併していた.他の報告では,BNSの36%で,WMの初発症状としてBNSを発症していた

眼痛と視力障害を生じた血液疾患の症例|神経内科の論文学習

最終更新 2021年4月16日

 

 今回はやや眼科よりの症例です.最終的にはさらに他の科の疾患が原因です.

複数の科におよぶ疾患は,他科の知識も必要となるため難易度が高いように感じます.

 

Case 6-2021: A 65-Year-Old Man with Eye Pain and Decreased Vision

N Engl J Med. 2021 Feb 25;384(8):745-753.
doi: 10.1056/NEJMcpc2027089.
PMID: 33626257

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc2027089

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

眼痛と視力障害を生じた65歳男性

症例

65歳 男性

病歴

 8日前から持続的な左眼球痛と左側頭部痛が始まった.
 その後数日間は左目の視力が徐々に低下した.
 入院前日,右目にも同じような眼痛が出現した.

 受診時,眼痛は眼球運動で悪化せず,閃輝や飛蚊症,眼脂はなかった.頭皮に圧痛はなく,発熱,嘔気,しびれ,筋力低下,構音障害はなかった.

 受診の2週間前から体重が4.5kg減少していた.

既往歴

 Waldenströmマクログロブリン血症の既往がある
 2年前に血漿交換とデキサメサゾン,ボルテゾミブで治療され,末梢神経障害で中止となった.ベンダムスチンも同様であった.
 入院1ヶ月前には,IgM 1,001mg/dLであった(基準値 53~334 mg/dL),骨髄生検では疾患が持続していた.
 入院1週間前に,イブルチニブの初回投与が行われた

 他の病歴としては,うつ病,不安症,前糖尿病,葉酸欠乏症,季節性アレルギーなど.

身体所見

体温36.3℃,血圧104/69 mmHg,脈拍数 60 拍/分,呼吸数 18 回/分,酸素飽和度 97%(室内気).

矯正視力は 右20/20,左20/100.対座法での視野診察では,左眼に下外側と鼻側で視野欠損を認めた.石原色覚検査では,右眼はすべて認識できたが,左目に色覚障害を認めた.瞳孔は左右対称性で対光反射陽性であったが,左眼で求心性瞳孔反応消失を認めた.眼球突出はなかった.

眼底検査では,左眼うっ血乳頭を認めた.

視神経以外に脳神経所見はなかった.

血液検査

Hb 12.5 g/d,Ht 39.8%,WBC 8090 /μL.IgM 540 mg/dL,IgM κ分画は0.36 g/dL.血液電解質は正常.肝腎機能は正常.感染症の検査は陰性(ライム病,梅毒,トキソプラズマ症,バルトネラ症,HIV-1).

画像検査

頭部CT(造影/非造影):左視神経の軽度肥厚と神経周囲に沿った神経全長に沿った造影効果を認めた.左篩骨板変形と,内直筋と上直筋の内側偏位を認めた.副鼻腔の術後変化も認めた.

頭部・眼科部MRI(造影/非造影):左球後視神経での限局性の造影効果と高信号を認めた

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 (画像は文献より引用.左は造影CT.右は造影MRI)

 

鑑別疾患

鑑別を進める上での最初のステップとして,視力障害の原因の局在を絞ることである.

神経眼科的局在診断

 単眼の視力障害は角膜,レンズ体,硝子体,網膜,視神経などの異常で生じうる.

 角膜やレンズ体の異常は,ピンホール矯正での改善することや,眼底検査時に発見される.(従って,これらの原因は本例では除外されている)

 網膜疾患も考慮される.矯正でも視力が正常以下であるため網膜疾患も考慮される.(本例では眼底検査は正常であった)

 視神経症で特徴的な5つの主要徴候(矯正視力でも正常以下,色弱,視神経障害に合致する視野欠損,相対的求心性瞳孔反射消失,視神経乳頭の異常)がある(本例ではこららを認めた).

 うっ血乳頭は視神経症の鑑別を絞る上で重要な所見である.様々な種類の疾患がうっ血乳頭を伴う視神経症を呈する.

うっ血乳頭を伴う視神経症
頭蓋内圧亢進症

 うっ血乳頭は,頭蓋内圧亢進による視神経の浮腫と定義される.

 うっ血乳頭では非常に進行しないと 視力低下,色弱が生じない.さらに,単眼性となることは極めて稀である.

 単眼性視神経浮腫は,初期のうっ血乳頭症例でみられる可能性があるが,そのような症例での視野障害るマ盲点拡大や,鼻側の視野障害である.うっ血乳頭症例では,頭蓋内圧亢進による頭痛があるが,眼痛はまれである.通常,眼窩部MRIは視神経の造影効果を認めない.

 

視神経炎

 視神経炎は典型的には亜急性で進行性の有痛性視力障害で,眼窩部MRIで視神経の造影効果を認める.特発性や神経炎症性疾患(多発性硬化症やNMOSD,MOGAD)に関連して生じる.

 特発性視神経炎多発性硬化症などで視神経浮腫を生じるのはおよそ1/3である.また,本症例は年齢,性別,人種背景は特発性視神経炎や多発性硬化症には非典型的である.

 本症例は,年齢や性別などがNMOSDとして非典型的である.しかし,固形がんや血液腫瘍を背景腫瘍として傍腫瘍性NMOSDを生じることがある.従って,本例ではNMOSDに関連した視神経炎を除外する必要がある.本例の視力障害は,NMOSD関連視神経炎にしては非常に軽度である(NMOSDでの視神経炎では,80%は視力20/200あるいはそれ以上に悪くなる).さらに,本例ではMRIでNMOSDを示唆するような視神経の長大性病変を認めない.

 MOGAD関連視神経炎で視神経浮腫が見られうる.MOGADの特徴的所見(両側視神経円,重度の視力障害,視神経炎の長大性病変,視神経の肥厚)は本例ではみられず,年齢や性別も非典型的である.

 他の免疫関連炎症性視神経障害(特にGFAP抗体とCRMP-5抗体)は本例に典型的ではない.GFAP抗体関連視神経障害は通常,対称性の視神経浮腫を認め,求心性視機能は保たれ,MRIで脳室周囲の放射状造影効果がでみられるCRMP-5抗体関連視神経障害は通常,眼球内の炎症を生じるが,視神経造影効果は生じない

感染性視神経症

 感染性視神経症は亜急性で進行性の有痛性視力障害を生じる.

 トレポネーマによる視神経症を除き,感染性視神経症は通常,ぶどう膜炎,網膜炎,神経網膜炎に合致する黄斑瘢痕,網膜血管炎などの眼球内所見を少なくとも1つは伴う.(これらの所見は本例にはなかった)

 結核性視神経症は重要な疾患である.視神経浮腫は結核性視神経症の約半数でみられ,ぶどう膜炎の併存は90%で認められる.(本例ではぶどう膜炎を認めない.イソニアジド治療を受けていてことからも可能性が下がる)

虚血性視神経症

 前部虚血性視神経症は視神経浮腫を生じる.

 虚血性視神経症は,通常,段階的に進行する無痛性の視力障害を生じる.しばしば視野欠損や全視野欠損を生じる虚血性視神経症では,造影MRIは正常である

 本例の経過や症状は虚血性視神経症と異なるが,以下の2点を考える必要がある.

 1つ目は,Waldenströmマクログロブリン血症は,時にALアミロイドーシスを生じ,巨細胞性動脈炎に類似した前部虚血性視神経症や顎跛行,側頭部アロディニア,全身症状を生じるうる点である.2つ目は,Waldenströmマクログロブリン血症が,より活動的なリンパ球浸潤性疾患に変化することで,血管内リンパ腫に移行することである.血管内リンパ腫は視神経虚血を生じ造影効果も伴う.

 また,Waldenströmマクログロブリン血症による過粘稠度症候群では,網膜中心静脈閉塞や静脈うっ滞性網膜症による視力障害を生じうる.

 本例で追加するとすればは,側頭動脈や脂肪生検でアミロイドーシスを除外することである.

浸潤性の視神経症

 進行性の視力障害と視野障害は,癌やサルコイドーシスなどによる浸潤性視神経症を疑う.(しかし,本例では視力障害の速度や痛みがある点と,視神経の外観は非常に異なる)

 造影MRIでは,しばしば視神経の造影効果を呈するが,進行していない場合は画像所見がはっきりしないこともある.

 

 本例では,臨床経過と診察所見,画像所見から,Waldenströmマクログロブリン血症による浸潤性視神経症の機序が最も考えやすい. 

 Waldenströmマクログロブリン血症はリンパ形質細胞疾患で,中枢神経系あるいは眼窩部に直接浸潤する(Bing–Neel症候群),あるいは他のリンパ浸潤性疾患(DLBCLなど)へ移行し,視神経に浸潤する可能性がある.Bing–Neel症候群は稀であるが,本例でみられた治療抵抗性Waldenströmマクログロブリン血症,亜急性の進行性視力障害,うっ血乳頭を伴う視神経症,視神経の造影効果などはBing–Neel症候群に合致する.

 診断のために,腰椎穿刺と髄液検査でクローナルなリンパ形質細胞割合がないか確認する(clonal lymphoplasmacytic population).加えて,タンパク質濃度上昇,IgM κ,λ(lymphoplasmacytic population),IgH再構成などを行う 

臨床的印象

 視神経の大部分は黄斑部からの神経線維を含む.そのため,視神経症では視力と色覚が低下する.また,本例では,求心性瞳孔反射消失を認めた.通常,明らかな網膜病変が無いにも関わらず,相対的求心性瞳孔反射消失を認めた場合,視神経症を示唆する所見である.

 本例では,左眼で下方で水平性視野欠損を認めた.視神経症では,中心性視野障害や,水平半盲(altitudinal visual field defect),アーチ状視野障害(arcuate),その他の視野障害などを生じる.

 視神経は中枢神経の一部であり,末梢神経系ではない.従って,本例のように片側の視神経症では,通常適切な神経画像検査から精査を始める.さらに次のステップとして,本例では腰椎穿刺と髄液検査を行い,細胞診やフローサイトメトリーを行った.

病態検討

 腰椎穿刺を思考した.髄液は無職で透明で,キサントクロミーはなかった.Wright–Giemsa染色では,有核細胞数の上昇を認め(22 /μL.基準値 0~5 /μL),98%はリンパ球であった.細胞の形態は,細胞質が少ない成熟した小型リンパ球から,細胞質が豊富で偏在性の核,核周囲明庭などを伴う中型のリンパ形質細胞がみられた.

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 髄液蛋白は195mg/dLと上昇し,髄液糖は正常であった.髄液の電気泳動と免疫固定法では,IgM κ型のパラプロテインを認め,血清で認めたものと一致した.髄液フローサイトメトリーではCD5とCD10の発現が乏しいκ型B細胞を認めた.B細胞クロナリティ検査では,IgH再構成を示した.以上をまとめると,リンパ形質細胞性リンパ腫のCNS病変と合致する

 リンパ形質細胞性リンパ腫は,小型Bリンパ球や形質細胞性リンパ球,形質細胞の腫瘍である.パラプロテインと関連し,多くはIgM型である.パラプロテインと骨髄でのリンパ形質細胞性リンパ腫が,Waldenströmマクログロブリン血症の特徴である.Waldenströmマクログロブリン血症の20%で経過中に髄外病変がみられる

 リンパ形質細胞性リンパ腫は,非特異的な免疫表現型をもち,他の小型B細胞性リンパ腫と区別する必要がある.MYD88,L265Pなどの変異はリンパ形質細胞関性リンパ腫の90%以上で認めるためする分子遺伝学的検査が有用である.リンパ形質細胞性リンパ腫の1%未満で中枢病変を生じ,Bing-Neel症候群と呼ばれる

治療に関する検討

 完治は難しいため,症状をコントロールすることが目標である.中枢に移行する化学療法(高用量メトトレキサート,シタラビン,フルダラビンなど)を含む治療を行う.これらの治療薬は,骨髄抑制や粘膜障害,免疫抑制,腎障害,肝臓毒性,白質脳症などの副作用もあり,副作用を考慮して選択する.標準的治療法はないが,イブルチニブ(選択的,非可逆的,経口小分子Brutonチロシンキナーゼ阻害薬)はしばしば第一選択として使用される.

 本例は視力症状発症の1週間前からイブルチニブ投与を開始したばかりであり,容量調整せず同じ量で継続した.加えて,経口デキサメサゾンを併用し,2ヶ月で漸減終了とした.デキサメサゾン投与後,視覚症状は著明に改善した.その後,髄液検査は完全寛解しなかったが,症状や画像検査は完全寛解した.

最終診断

リンパ形質細胞性リンパ腫の中枢病変(Bing–Neel症候群)

 

論文を読んだ感想

 読んでいて視神経炎としては非典型的と感じましたが,最終診断はBing–Neel症候群.以前,病名は聞いたことがありましたが,ここで出会うとは…実臨床では髄液所見から診断に辿り着けるのかもしれませんが,その時にピンとくるように,このような病態の知識を持っておくことは重要なのだと思います.

 視神経炎の症例で神経的精査目的に脳神経内科にコンサルトいただくことがあります.その際に,鑑別としてMSやNMOSD以外も考慮できるようにしておきたいと感じました.

その意味で論文内に鑑別疾患は非常に参考になりました.

 

 

ちなみに,

相対的求心性瞳孔反射消失(RAPD)を国試の時に頑張って覚えた記憶があります.結局合格と共にすぐ忘れたと思いますが…

しかし,特徴的な所見なので,一度見ると忘れませんね.Youtubeで動画があるのでご興味のある方は是非見てみてください.

健側瞳孔から患側瞳孔へ光を移動させた時,患側と健側の瞳孔は瞳孔は散大する.
(詳しい機序については省略いたします)

 

↓ 非常に分かりやすいです(右眼RAPD陽性)

 ↓ こちらも見やすいですね(左眼RAPD陽性)