脳神経内科医によるブログです。自己学習として読んだ論文や、論文中で出た英単語を記録しています。

傍腫瘍性神経症候群の画像所見(AJNR review) その2|神経内科の論文学習

 最終更新 2021年4月9日

 

 前回から引き続き,傍腫瘍性神経症候群の画像所見に関するReviewです.
 前回は辺縁系脳炎,小脳変性症,脳幹脳炎,脳神経麻痺について触れました.今回のは残る部分,脊髄と多発神経炎について取り上げます.

 

 

Imaging Review of Paraneoplastic Neurologic Syndromes

AJNR Am J Neuroradiol. 2020 Dec;41(12):2176-2187.
PMID: 33093137
DOI: 10.3174/ajnr.A6815

www.ajnr.org

 

 

脊髄:脊髄炎

臨床像・病態

傍腫瘍性脊髄炎は稀な病態で,報告も少ない.脊髄炎単独あるいは他領域障害と併存して出現する(例:傍腫瘍性脳脊髄炎).
  

急性あるいは潜在性に進行する脊髄症を生じる.

症状としては筋力低下,しびれ,膀胱直腸障害などを生じる.他の症状としては,頭痛,痙攣,興奮などの頭蓋内病変に起因する症状も生じうる.

自己抗体

様々な傍腫瘍抗体が検出されうる(CRMP-5/CV2amphiphysinなどが多い).傍腫瘍性AQP4 IgG陽性NMOSDも認知されている

背景腫瘍

肺小細胞癌乳癌が背景腫瘍として多い.

画像所見

 脊髄のみに病変が限局する場合,画像所見として長大性T2高信号造影効果を呈しうる.Tract-specific abnormalities,特に側索に沿った異常は,特徴的である.

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FDGの異常取り込みが見られることがあり,時に転移性腫瘍と誤認されうる.

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鑑別疾患

 NMOSD,神経サルコイドーシス,脊髄硬膜動静脈瘻,放射線脊髄炎,脊髄梗塞,転移性腫瘍などの鑑別が必要である

 脊髄周囲のflow voidを認める場合は,脊髄硬膜動静脈瘻が示唆される.

 脊髄前角優位の異常所見は,しばしば脊髄梗塞が示唆される.

 通常の腫瘍に関連する検査に加えて,全脊髄MRIが特に有用である.その理由として,長大病変を認めることがあるためである.

 脳画像は,通常合併する脳炎の検索で重要である,CRMP-5抗体症候群でしばしばみられる.

 

脊髄:多発神経炎

臨床像・病態

 稀な病態.

 臨床的には感覚性ニューロパチーを呈する.症状として痛みやしびれ,振動覚低下などを特徴とする.稀に,運動,感覚,自律神経などがの障害が併存する.

 急速に進行する上行性の筋力低下を呈し,臨床像はGBSと類似する.

自己抗体

時にHu(ANNA-1)抗体CRMP5抗体が陽性となる.

背景腫瘍

ホジキンリンパ腫前立腺腫瘍が運動感覚障害を呈すると最近報告されている.

カルチノイド腫瘍に関連して発症した傍腫瘍性自律神経障害を呈し報告もある.

画像所見

 傍腫瘍性多発神経炎の画像所見に関する報告は少ない.

 馬尾の造影効果を呈した報告がある(造影効果の特徴として背側あるいは腹側の神経根が優位であることが報告されている)

 加えて,POEMSなどの骨硬化性多発性骨髄腫でも多発神経炎を呈する.POEMS症候群は必ずしもclassical PNSとして記載される訳ではないが,傍腫瘍性の範疇として考えられることが多い.硬化性骨病変と神経根造影効果はPOEMS症候群を示唆する最重要な所見である

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   (画像:腹側は造影効果あり(→) 背側は造影効果なし( f:id:yukimukae:20210327094635p:plain ))

鑑別診断・鑑別のポイント

GBS,CIDP,感染など主な鑑別疾患である.

GBSは必発ではないが通常,腹側優位に神経造影効果を呈する.
CIDPは神経腫大を呈し,頻度は下がるが造影効果を呈することもある.

神経サルコイドーシスと軟髄膜癌性髄膜腫症は結節性造影効果を呈する傾向にある.腹側馬尾の造影効果は脊髄梗塞に関連して認めることが報告された.

診断のポイントして,GBSと関連するような先行感染がないか病歴聴取,傍腫瘍抗体検査,筋電図,腰椎MRIなどを行うべきである.

 

論文を読んだ感想

なかなかのボリュームでした.画像を見るのはやはり非常に勉強になります.

画像一発で傍腫瘍性 と断定できるような特異的な所見が無いのは悩ましいところ.しかし,非傍腫瘍性を示唆する所見は見逃さないように注意しなければなりません.

また,画像だけでなく,症状や病歴,検査結果,等々含めて総合的に患者像を捉えるがまず重要なのでしょうか.臨床像を俯瞰して診る,そんな能力がほしいなと少し思いました(画像所見の論文を読んだはずなのに…)

 

そして,抗神経抗体がもっと測定しやすくなれば…そうなると良いと思います.

 

傍腫瘍性神経症候群の画像所見(AJNR review) その1|神経内科の論文学習

最終更新 2021年4月6日

 

 今回,傍腫瘍性神経症候群の画像所見に関するReview文献を読みました.腫瘍により異常な免疫が惹起され,その異常免疫が神経を攻撃してしまう,と非常に興味深い機序です.

 本論文は脳,脊髄,末梢神経などの画像所見がまとめられており勉強になりました.特に画像多め(と思う)であり,画像を眺めるだけでもとても参考になります.

 長い論文のため,2回に分けて共有いたします.

 (治療や予後に関しては割愛いたします)

 

Imaging Review of Paraneoplastic Neurologic Syndromes

AJNR Am J Neuroradiol. 2020 Dec;41(12):2176-2187.
PMID: 33093137
DOI: 10.3174/ajnr.A6815

www.ajnr.org

 

脳:辺縁系脳炎

病態・臨床像

海馬,扁桃体,視床下部,帯状皮質を含む辺縁系を障害する.
気分や行動変化,認知機能障害,記憶障害,痙攣などを呈する.

 

自己抗体・背景腫瘍

辺縁系脳炎は,様々な傍腫瘍抗体と関連する(Hu(ANNA-1)抗体,CV2(CRMP5)抗体,Ma2抗体など).

抗体によっては辺縁系外の症状を伴うことがある.例えば,Ma2抗体は脳幹や小脳も障害し,CV2抗体は脊髄も障害しうる.

背景腫瘍として肺小細胞癌乳癌と関連することが多い.

LGI1抗体やGAD65抗体,CASPR2抗体などの非傍腫瘍性の神経細胞表面抗体でも辺縁系脳炎を生じることがある.

画像所見

 典型的な画像所見は内側側頭葉のT2高信号と腫脹である.時に,造影効果を伴う.FDG-PETでは代謝亢進を認めうる.

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 他の辺縁系の部位にもこれらの所見が生じることがある(視床下部や乳頭体に明瞭な病変を認め,他の辺縁系は保たれることがある).海馬や扁桃体などの典型的な部分が障害されていない場合でも考慮する必要がある.

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 時に辺縁系脳炎は占拠性病変に似た画像を呈し,low grade~high gradeグリオーマやリンパ腫と誤認されうる.

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 治療により画像所見が改善し,FDG-PETでも改善後に代謝低下となる

 

 非傍腫瘍性辺縁系脳炎でも傍腫瘍性辺縁系脳炎と類似する病変パターンを呈するため,画像所見のみで傍腫瘍性辺縁系脳炎と非傍腫瘍性辺縁系脳炎を区別することはできない.

 非傍腫瘍性の抗体が陽性の症例でも,稀に腫瘍が見つかることがある.そのため,殆どの場合で腫瘍のスクリーニングが必要である.

鑑別疾患

 内側側頭葉を巻き込む辺縁系脳炎において,最も除外が必要な鑑別疾患は,単純ヘルペス脳炎である.皮質の点状出血や脳内血腫などの補助的な所見は,ヘルペス感染を示唆しうる

 他の鑑別疾患としては,痙攣重積状態,神経梅毒,low~high gradeグリオーマなどである.視床下部を巻き込む辺縁系脳炎では,サルコイドーシスなどの炎症機序やリンパ球性下垂体炎などを考慮する必要がある.

 病歴聴取,神経診察,頭部MRI,傍腫瘍抗体,脳波検査,癌検索(FDG-PET/CTなど)などを考慮する.腫瘤様の画像所見を呈する場合は,脳生検が必要になることがある.

脳:小脳変性症

病態・臨床像

傍腫瘍性小脳変性症(PCD)は四肢や体幹失調,眼振,構音障害などを特徴とする.これらの症状は週~月単位で悪化する.

病理学的に,小脳Purkinje細胞の進行性の脱落である.
髄液検査では,細胞数増多やオリゴクローナルバンド陽性などを認める.

 

自己抗体・背景腫瘍

Yo抗体,Ri抗体(ANNA2),Tr/DNER抗体など,様々な腫瘍抗体と関連する.60%では癌神経抗体と関連する.

背景腫瘍としては,卵巣腫瘍乳癌ホジキンリンパ腫などが多い.

画像所見

 病期によって変わる.

 急性期には,小脳半球がT2高信号となることがある.この段階の鑑別としては,感染や炎症性小脳炎などである.

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 慢性期には,T2高信号は改善し,FDG-PETでは代謝低下し,萎縮する

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鑑別疾患

 アルコール性小脳変性症,神経変性疾患(MSA-C),感染や炎症性小脳炎の後遺症などである.

 詳細な病歴聴取(アルコール使用,小脳感染),頭部MRI,傍腫瘍抗体検査,癌検索,女性の場合は骨盤部超音波検査やMRI,などを考慮する.

脳:脳幹脳炎

臨床像・病態

脳幹優位に炎症が生じる病態で,小脳脚や小脳半球の障害も併存する.

失調,構音障害,眼筋麻痺など多様な臨床像を呈する.

自己抗体・背景腫瘍

最も多いのは,Ma2抗体であるが,近年はKelchlike protein 11(KLHL11)に対する抗体も認識された.
関連する腫瘍で多いのは,セミノーマなどの精巣胚細胞腫瘍である.しかし,神経内分泌腫瘍など他の腫瘍も関連することがある.

画像所見

画像所見は,病期によって画像所見が異なる.
急性期は小脳や小脳脚,脳幹部のT2高信号and/or造影効果を呈する.

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進行すると(慢性期),小脳や脳幹部が萎縮することがある.Waller変性を生じると橋の十字型T2高信号中小脳脚のT2高信号を生じ,多系統萎縮症(MSA)と非常に類似した画像となりうる.

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オリーブ核の異常肥大性変性(Hypertrophic olivary degeneration)見られることがあり,歯状核ルイ体オリーブ経路が障害されるためと考えられる.

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画像検査では正常であることもある.

鑑別疾患・鑑別のポイント

 急性期の鑑別疾患は多岐にわたる.リステリア感染や単純ヘルペス感染,炎症性疾患(Behçet病,全身性エリテマトーデス,Bickerstaff脳炎,Miller-Fischer症候群)などが鑑別になる.脱髄疾患(多発性硬化症,NMOSD,MOG抗体関連疾患)も鑑別が必要である.

 慢性期の鑑別疾患としては,MSAや他の神経変性疾患などである.

 MRI画像,傍腫瘍抗体検査(最近発見されたKLHL11抗体も含めて),男性では精巣エコー検査 を実施すべきである.

 

頭部:脳神経麻痺

臨床像・病態

傍腫瘍性脳神経麻痺は稀であり,過去に幾つかの報告しかない.

症状は障害される脳神経によって異なる(例えば,第Ⅷ脳神経麻痺では平衡感覚障害と感音性難聴を生じる).複数の脳神経麻痺を生じることがある.

自己抗体

Hu(ANNA-1)抗体とKelchlike protein 11抗体(セミノーマ関連)は,特に傍腫瘍性脳神経麻痺を生じうる.

画像所見

 画像所見としては,脳神経の造影効果and/or腫大を呈する.

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鑑別疾患・鑑別のポイント

 感染,急性脱髄疾患(GBS),CIDPなどである.

 神経サルコイドーシスやリンパ腫,癌性髄膜炎は,他の部位の結節状の造影効果を生じやすい.
 CIDPは造影効果の伴わない神経根の腫大を呈する.

 薄いスライスでの脳MRIは,脳神経の評価や造影効果のパターンを評価するのに特に有用である.

 

免疫チェックポイント阻害剤に関連した脳炎 pooled case series|神経内科の論文学習

 脳神経内科が免疫チェックポイント阻害剤を投与することはほぼありませんが,副作用を診療することは稀にあります.

 今回はJAMAから,免疫チェックポイント阻害剤関連の脳炎に関する pooled case seriesの報告を読みました.

 

Encephalitis Induced by Immune Checkpoint Inhibitors: A Systematic Review

JAMA Neurol. 2021 Mar 15.
PMID: 33720308
DOI: 10.1001/jamaneurol.2021.024

jamanetwork.com

方法

免疫チェックポイント阻害薬関連自己免疫性脳炎のpooled case series研究.
2000年6月~2020年4月17日までの期間.
PubMed等で検索.

結果

82症例
40%はPD-1単剤,32%はPD-L1単剤,9%はCTLA4.20%は2剤併用療法.
発症時期
免疫チェックポイント阻害剤を最初に投与から発症までの平均中央値 8週 (IQR 3-16.5週)
21%は初回投与後に発症した.
12%は投与後6ヶ月後に発症し,2%は12ヶ月後に発症した.
投与中止後1,4,15ヶ月後に発症した症例もある.
脳炎のタイプ

限局性脳炎(辺縁系脳炎 22%,辺縁系外脳炎 26%)
髄膜脳炎症候群(44%)
分類不能 9%.

 
髄膜脳炎症候群では,意識障害があり,およそ半数で発熱,頭痛を伴った.
限局性脳炎では,辺縁系の症状(記憶障害,異常行動,正確変化)を呈する.症例によっては脳幹部症状を伴うこともある.複視,眼球運動異常,過食症(hyperphagia),意識障害などを生じた.

まれに,小脳や基底核,脳脊髄を巻き込み,小脳失調,舞踏,四肢の筋力低下などを辺縁系外脳炎を呈する症例もある.

発熱や言語障害はまれであった.

限局性脳炎と髄膜脳炎で痙攣やdemographic,腫瘍の特徴で差はなかった.

髄液所見

ほぼ全例で細胞数増多and/or蛋白上昇がみられた(98%).

83%でリンパ球性細胞数増多を認めた.限局性脳炎では有意に細胞数が少なかった.
85%で髄液蛋白上昇を認めた.非限局性脳炎は限局性脳炎より髄液蛋白が高かった.

14%で髄液糖軽度低下を認めた.オリゴクローナルバンドは10/26例で陽性.

ROC解析で髄膜脳炎と限局性脳炎を鑑別するcutoff値を検討.

髄液細胞>18 cells/μL は感度71%,特異度72%.
蛋白>0.0096 g/dL は感度71%,特異度 64%.

MRI所見

1回目のMRIで診断的な所見が得られたのは55%のみ.

MRIでの異常所見の多くは限局性脳炎で見られた(限局性脳炎 vs 非限局性脳炎:71% vs 36% P=0.004)
非限局性脳炎でみられたMRI所見は,髄膜造影効果や脳実質の多発性散在性のFLAIR高信号領域などである.

自己抗体

79%で自己抗体の検査が行われた.

そのうち,37%で血清and/or髄液中で自己抗体が検出された.

抗体のうち,71%が細胞内抗原に対する抗神経抗体,13%が細胞内抗原に対する非抗神経抗体,13%が神経細胞表面抗原に対する抗体であった.

4例では免疫チェックポイント阻害剤投与前に採取された血清で陽性となっていた.

アウトカム

※予後良好:改善~完全寛解.予後不良:改善なし~死亡.

 多くは予後良好であった(45%が完全寛解,31%が改善,不変~悪化 11%,死亡13%)

 髄膜脳炎症候群ではほぼ全例が予後良好.
 限局性脳炎以外の病型や,自己抗体陰性の限局性症候群は予後が良かった(89%).

 限局性脳炎は41%で予後不良であり,そのうち81%は抗神経抗体が検出された.

 

 自己抗体陽性症例のうち,抗GAD抗体や抗細胞表面抗原抗体陽性例は予後が良かった(100%).他の自己抗体は予後不良絵だった.

 

 単変量解析では,脳転移,発熱,髄液細胞数増加,髄液蛋白上昇,非限局性症候群は予後が良かった.一方で,MRI異常や,限局性症候群,抗神経抗体陽性は予後が悪かった.

 多変量ロジスティック解析では,独立して予後と関連する因子はなかった(すべてのデータが揃っていた症例は58例しかいなかったためと考察されている)

 治療ごとの予後は有意差を認めず.

 

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読んだ感想

症例数が82例であり,まだ症例蓄積が少ない領域なのだなと感じました.
限局性脳炎,髄膜脳炎などの分類が記載されておりました.単に”免疫チェックポイント阻害剤関連脳炎”と考えるだけでなく,病型も考えることの重要性を感じました.
 

個人的に重要だと思ったポイント

  • 限局性脳炎(辺縁系,非辺縁系)と髄膜脳炎の2種類に大別できる.
  • 臨床病系,脳脊髄液,画像検査,自己抗体の有無・種類などが予後と関連する可能性がある.