眼痛と視力障害を生じた血液疾患の症例|神経内科の論文学習
最終更新 2021年4月16日
今回はやや眼科よりの症例です.最終的にはさらに他の科の疾患が原因です.
複数の科におよぶ疾患は,他科の知識も必要となるため難易度が高いように感じます.
Case 6-2021: A 65-Year-Old Man with Eye Pain and Decreased Vision
N Engl J Med. 2021 Feb 25;384(8):745-753.
doi: 10.1056/NEJMcpc2027089.
PMID: 33626257
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc2027089
眼痛と視力障害を生じた65歳男性
症例
65歳 男性
病歴
8日前から持続的な左眼球痛と左側頭部痛が始まった.
その後数日間は左目の視力が徐々に低下した.
入院前日,右目にも同じような眼痛が出現した.
受診時,眼痛は眼球運動で悪化せず,閃輝や飛蚊症,眼脂はなかった.頭皮に圧痛はなく,発熱,嘔気,しびれ,筋力低下,構音障害はなかった.
受診の2週間前から体重が4.5kg減少していた.
既往歴
Waldenströmマクログロブリン血症の既往がある.
2年前に血漿交換とデキサメサゾン,ボルテゾミブで治療され,末梢神経障害で中止となった.ベンダムスチンも同様であった.
入院1ヶ月前には,IgM 1,001mg/dLであった(基準値 53~334 mg/dL),骨髄生検では疾患が持続していた.
入院1週間前に,イブルチニブの初回投与が行われた.
他の病歴としては,うつ病,不安症,前糖尿病,葉酸欠乏症,季節性アレルギーなど.
身体所見
体温36.3℃,血圧104/69 mmHg,脈拍数 60 拍/分,呼吸数 18 回/分,酸素飽和度 97%(室内気).
矯正視力は 右20/20,左20/100.対座法での視野診察では,左眼に下外側と鼻側で視野欠損を認めた.石原色覚検査では,右眼はすべて認識できたが,左目に色覚障害を認めた.瞳孔は左右対称性で対光反射陽性であったが,左眼で求心性瞳孔反応消失を認めた.眼球突出はなかった.
眼底検査では,左眼うっ血乳頭を認めた.
視神経以外に脳神経所見はなかった.
血液検査
Hb 12.5 g/d,Ht 39.8%,WBC 8090 /μL.IgM 540 mg/dL,IgM κ分画は0.36 g/dL.血液電解質は正常.肝腎機能は正常.感染症の検査は陰性(ライム病,梅毒,トキソプラズマ症,バルトネラ症,HIV-1).
画像検査
頭部CT(造影/非造影):左視神経の軽度肥厚と神経周囲に沿った神経全長に沿った造影効果を認めた.左篩骨板変形と,内直筋と上直筋の内側偏位を認めた.副鼻腔の術後変化も認めた.
頭部・眼科部MRI(造影/非造影):左球後視神経での限局性の造影効果と高信号を認めた.
(画像は文献より引用.左は造影CT.右は造影MRI)
鑑別疾患
鑑別を進める上での最初のステップとして,視力障害の原因の局在を絞ることである.
神経眼科的局在診断
単眼の視力障害は角膜,レンズ体,硝子体,網膜,視神経などの異常で生じうる.
角膜やレンズ体の異常は,ピンホール矯正での改善することや,眼底検査時に発見される.(従って,これらの原因は本例では除外されている)
網膜疾患も考慮される.矯正でも視力が正常以下であるため網膜疾患も考慮される.(本例では眼底検査は正常であった)
視神経症で特徴的な5つの主要徴候(矯正視力でも正常以下,色弱,視神経障害に合致する視野欠損,相対的求心性瞳孔反射消失,視神経乳頭の異常)がある(本例ではこららを認めた).
うっ血乳頭は視神経症の鑑別を絞る上で重要な所見である.様々な種類の疾患がうっ血乳頭を伴う視神経症を呈する.
うっ血乳頭を伴う視神経症
頭蓋内圧亢進症
うっ血乳頭は,頭蓋内圧亢進による視神経の浮腫と定義される.
うっ血乳頭では非常に進行しないと 視力低下,色弱が生じない.さらに,単眼性となることは極めて稀である.
単眼性視神経浮腫は,初期のうっ血乳頭症例でみられる可能性があるが,そのような症例での視野障害るマ盲点拡大や,鼻側の視野障害である.うっ血乳頭症例では,頭蓋内圧亢進による頭痛があるが,眼痛はまれである.通常,眼窩部MRIは視神経の造影効果を認めない.
視神経炎
視神経炎は典型的には亜急性で進行性の有痛性視力障害で,眼窩部MRIで視神経の造影効果を認める.特発性や神経炎症性疾患(多発性硬化症やNMOSD,MOGAD)に関連して生じる.
特発性視神経炎や多発性硬化症などで視神経浮腫を生じるのはおよそ1/3である.また,本症例は年齢,性別,人種背景は特発性視神経炎や多発性硬化症には非典型的である.
本症例は,年齢や性別などがNMOSDとして非典型的である.しかし,固形がんや血液腫瘍を背景腫瘍として傍腫瘍性NMOSDを生じることがある.従って,本例ではNMOSDに関連した視神経炎を除外する必要がある.本例の視力障害は,NMOSD関連視神経炎にしては非常に軽度である(NMOSDでの視神経炎では,80%は視力20/200あるいはそれ以上に悪くなる).さらに,本例ではMRIでNMOSDを示唆するような視神経の長大性病変を認めない.
MOGAD関連視神経炎で視神経浮腫が見られうる.MOGADの特徴的所見(両側視神経円,重度の視力障害,視神経炎の長大性病変,視神経の肥厚)は本例ではみられず,年齢や性別も非典型的である.
他の免疫関連炎症性視神経障害(特にGFAP抗体とCRMP-5抗体)は本例に典型的ではない.GFAP抗体関連視神経障害は通常,対称性の視神経浮腫を認め,求心性視機能は保たれ,MRIで脳室周囲の放射状造影効果がでみられる.CRMP-5抗体関連視神経障害は通常,眼球内の炎症を生じるが,視神経造影効果は生じない.
感染性視神経症
感染性視神経症は亜急性で進行性の有痛性視力障害を生じる.
トレポネーマによる視神経症を除き,感染性視神経症は通常,ぶどう膜炎,網膜炎,神経網膜炎に合致する黄斑瘢痕,網膜血管炎などの眼球内所見を少なくとも1つは伴う.(これらの所見は本例にはなかった)
結核性視神経症は重要な疾患である.視神経浮腫は結核性視神経症の約半数でみられ,ぶどう膜炎の併存は90%で認められる.(本例ではぶどう膜炎を認めない.イソニアジド治療を受けていてことからも可能性が下がる)
虚血性視神経症
前部虚血性視神経症は視神経浮腫を生じる.
虚血性視神経症は,通常,段階的に進行する無痛性の視力障害を生じる.しばしば視野欠損や全視野欠損を生じる.虚血性視神経症では,造影MRIは正常である.
本例の経過や症状は虚血性視神経症と異なるが,以下の2点を考える必要がある.
1つ目は,Waldenströmマクログロブリン血症は,時にALアミロイドーシスを生じ,巨細胞性動脈炎に類似した前部虚血性視神経症や顎跛行,側頭部アロディニア,全身症状を生じるうる点である.2つ目は,Waldenströmマクログロブリン血症が,より活動的なリンパ球浸潤性疾患に変化することで,血管内リンパ腫に移行することである.血管内リンパ腫は視神経虚血を生じ造影効果も伴う.
また,Waldenströmマクログロブリン血症による過粘稠度症候群では,網膜中心静脈閉塞や静脈うっ滞性網膜症による視力障害を生じうる.
本例で追加するとすればは,側頭動脈や脂肪生検でアミロイドーシスを除外することである.
浸潤性の視神経症
進行性の視力障害と視野障害は,癌やサルコイドーシスなどによる浸潤性視神経症を疑う.(しかし,本例では視力障害の速度や痛みがある点と,視神経の外観は非常に異なる)
造影MRIでは,しばしば視神経の造影効果を呈するが,進行していない場合は画像所見がはっきりしないこともある.
本例では,臨床経過と診察所見,画像所見から,Waldenströmマクログロブリン血症による浸潤性視神経症の機序が最も考えやすい.
Waldenströmマクログロブリン血症はリンパ形質細胞疾患で,中枢神経系あるいは眼窩部に直接浸潤する(Bing–Neel症候群),あるいは他のリンパ浸潤性疾患(DLBCLなど)へ移行し,視神経に浸潤する可能性がある.Bing–Neel症候群は稀であるが,本例でみられた治療抵抗性Waldenströmマクログロブリン血症,亜急性の進行性視力障害,うっ血乳頭を伴う視神経症,視神経の造影効果などはBing–Neel症候群に合致する.
診断のために,腰椎穿刺と髄液検査でクローナルなリンパ形質細胞割合がないか確認する(clonal lymphoplasmacytic population).加えて,タンパク質濃度上昇,IgM κ,λ(lymphoplasmacytic population),IgH再構成などを行う.
臨床的印象
視神経の大部分は黄斑部からの神経線維を含む.そのため,視神経症では視力と色覚が低下する.また,本例では,求心性瞳孔反射消失を認めた.通常,明らかな網膜病変が無いにも関わらず,相対的求心性瞳孔反射消失を認めた場合,視神経症を示唆する所見である.
本例では,左眼で下方で水平性視野欠損を認めた.視神経症では,中心性視野障害や,水平半盲(altitudinal visual field defect),アーチ状視野障害(arcuate),その他の視野障害などを生じる.
視神経は中枢神経の一部であり,末梢神経系ではない.従って,本例のように片側の視神経症では,通常適切な神経画像検査から精査を始める.さらに次のステップとして,本例では腰椎穿刺と髄液検査を行い,細胞診やフローサイトメトリーを行った.
病態検討
腰椎穿刺を思考した.髄液は無職で透明で,キサントクロミーはなかった.Wright–Giemsa染色では,有核細胞数の上昇を認め(22 /μL.基準値 0~5 /μL),98%はリンパ球であった.細胞の形態は,細胞質が少ない成熟した小型リンパ球から,細胞質が豊富で偏在性の核,核周囲明庭などを伴う中型のリンパ形質細胞がみられた.
髄液蛋白は195mg/dLと上昇し,髄液糖は正常であった.髄液の電気泳動と免疫固定法では,IgM κ型のパラプロテインを認め,血清で認めたものと一致した.髄液フローサイトメトリーではCD5とCD10の発現が乏しいκ型B細胞を認めた.B細胞クロナリティ検査では,IgH再構成を示した.以上をまとめると,リンパ形質細胞性リンパ腫のCNS病変と合致する.
リンパ形質細胞性リンパ腫は,小型Bリンパ球や形質細胞性リンパ球,形質細胞の腫瘍である.パラプロテインと関連し,多くはIgM型である.パラプロテインと骨髄でのリンパ形質細胞性リンパ腫が,Waldenströmマクログロブリン血症の特徴である.Waldenströmマクログロブリン血症の20%で経過中に髄外病変がみられる.
リンパ形質細胞性リンパ腫は,非特異的な免疫表現型をもち,他の小型B細胞性リンパ腫と区別する必要がある.MYD88,L265Pなどの変異はリンパ形質細胞関性リンパ腫の90%以上で認めるためする分子遺伝学的検査が有用である.リンパ形質細胞性リンパ腫の1%未満で中枢病変を生じ,Bing-Neel症候群と呼ばれる.
治療に関する検討
完治は難しいため,症状をコントロールすることが目標である.中枢に移行する化学療法(高用量メトトレキサート,シタラビン,フルダラビンなど)を含む治療を行う.これらの治療薬は,骨髄抑制や粘膜障害,免疫抑制,腎障害,肝臓毒性,白質脳症などの副作用もあり,副作用を考慮して選択する.標準的治療法はないが,イブルチニブ(選択的,非可逆的,経口小分子Brutonチロシンキナーゼ阻害薬)はしばしば第一選択として使用される.
本例は視力症状発症の1週間前からイブルチニブ投与を開始したばかりであり,容量調整せず同じ量で継続した.加えて,経口デキサメサゾンを併用し,2ヶ月で漸減終了とした.デキサメサゾン投与後,視覚症状は著明に改善した.その後,髄液検査は完全寛解しなかったが,症状や画像検査は完全寛解した.
最終診断
リンパ形質細胞性リンパ腫の中枢病変(Bing–Neel症候群)
論文を読んだ感想
読んでいて視神経炎としては非典型的と感じましたが,最終診断はBing–Neel症候群.以前,病名は聞いたことがありましたが,ここで出会うとは…実臨床では髄液所見から診断に辿り着けるのかもしれませんが,その時にピンとくるように,このような病態の知識を持っておくことは重要なのだと思います.
視神経炎の症例で神経的精査目的に脳神経内科にコンサルトいただくことがあります.その際に,鑑別としてMSやNMOSD以外も考慮できるようにしておきたいと感じました.
その意味で論文内に鑑別疾患は非常に参考になりました.
ちなみに,
相対的求心性瞳孔反射消失(RAPD)を国試の時に頑張って覚えた記憶があります.結局合格と共にすぐ忘れたと思いますが…
しかし,特徴的な所見なので,一度見ると忘れませんね.Youtubeで動画があるのでご興味のある方は是非見てみてください.
健側瞳孔から患側瞳孔へ光を移動させた時,患側と健側の瞳孔は瞳孔は散大する.
(詳しい機序については省略いたします)
↓ 非常に分かりやすいです(右眼RAPD陽性)
↓ こちらも見やすいですね(左眼RAPD陽性)