思春期発症の両側視力障害を呈した慢性無菌性髄膜炎|神経内科の論文学習
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Clinical Reasoning: A 22-year-old man with progressive bilateral visual loss.
Neurology. 2020 Apr 7;94(14):625-630.
PMID: 32152129
DOI: 10.1212/WNL.0000000000009218
思春期発症の両側視力障害を呈した慢性無菌性髄膜炎
Section 1
症例 22歳 男性
現病歴
10歳頃から,軽度の鈍い頭痛が繰り返しみられた.
16歳から,進行性の視力障害が始まった.暗点の散在を自覚した.
1週間前から人の姿がほとんど見えなくなり,眼科を受診した.両側視神経は萎縮し,右は手動弁,左は20/400(=視力0.05).視野検査では,右で全視野欠損,左は視野狭窄を認めた.
神経科へ紹介となり,入院した.
光視症や眼窩痛,複視はなかった.
神経学的所見
両側対光反射減弱と,右の相対性瞳孔求心路障害を認めた.
筋力,筋トーヌス,腱反射,足底反応,感覚は正常であった.項部硬直はなかった.
Questions
- 病変の局在は?
- 考えうる鑑別疾患は?
Section 2
局在について
両側視力障害は,視覚経路(網膜から大脳皮質まで)の障害から生じうる.
対光反射障害と視神経萎縮から,視覚経路の前方部(外側膝状体核より前方)の病変が示唆される.
鑑別疾患について
- まず,画像検査で下垂体腫瘍などの占拠性病変を除外すべきである.
- 思春期発症の男性であることから,Leber遺伝性視神経症(Leber's hereditary optic neuropathy: LHON)を想起するが,LHONは通常,急性から亜急性の視力障害を呈する.
- LHON以外の遺伝性視神経症も考慮すべきである(例:OPA1関連視神経症).
- 虚血性視神経炎は主にリスク因子のある高齢者に発症する(本例の原因にはなりにくい).
- 感染(特に梅毒や結核)を検査すべきである.
- 中毒性,外傷性,放射線性視神経症は病歴聴取が重要である.
- 緩徐進行性の視力障害と慢性頭痛から,頭蓋内圧亢進症が疑われる.
検査所見
血液検査
白血球 15.270 /μL (好中球 79.6%),赤沈 49 mm/h(正常≦15mm/h),CRP 7.22 mg/dL(正常≦0.82 mg/dL)で,ASP 1050.00 IU/mL (正常値≦200.00 IU/mL).
HIVや梅毒の血清検査,抗核抗体,抗ENA抗体,ANCA,リウマチ因子は陰性であった.
髄液検査
初圧 32 cmH20,蛋白 59.1 mg/dL,白血球 35 /mm3(単核球優位),糖 46.8 mg/dL(血糖 95.4 mg/dL).
グラム染色,墨汁染色,培養は陰性であった.悪性細胞は認めなかった.
画像検査
- MRI:トルコ鞍空虚(empty sella)と,視交叉の下方偏位を認めた(長期的な頭蓋内圧亢進と合致する所見).ガドリニウム造影は異常を認めず.
- DSA:両側横~S状静脈洞に軽度狭窄を認めた.
慢性無菌性髄膜炎による頭蓋内圧亢進で,進行性視力障害を呈したと考えた.
(頭蓋内圧亢進症では,長期のうっ血乳頭の後に二次的に両側視神経萎縮をきたす)
Question
- 無菌性髄膜炎はどのように検査するべきか?
Section 3
無菌性髄膜炎での検査について
無菌性髄膜炎は感染や自己免疫疾患,リウマチ性疾患,悪性腫瘍,薬剤,その他 稀な原因で生じる.
白血球,赤沈,CRP,ASOなどの非特異的な血清炎症マーカーが上昇している場合,全身性の炎症疾患の検査を検討する.
本例での追加情報~治療・追加検査
本例は,10歳頃から皮疹と充血を伴う間欠的な微熱がみられていた.
10~18歳の冬期間に,軽度の足関節腫脹がみられていた.
入院中,体温は37.8℃まで上昇し,結膜炎や下腿の蕁麻疹様皮疹,バチ状指を認めた.
commonなリウマチ疾患を除外した.その上で,発熱や皮疹,関節炎/関節痛,白血球上昇などから,Still病を考えた(成人発症Still病では慢性無菌性髄膜炎も合併しうる).
メチルプレドニゾロン80mg/日の静注とマンニトールを投与した.解熱し,頭痛や皮疹,結膜炎は改善した.赤沈,CRP,髄液所見も改善した.視野検査は軽度改善した.視力は不変であった.
免疫療法は効果的であった.
若年時から多系統の障害があったことから,遺伝性疾患,特に炎症や免疫系の疾患を考慮した.
全エクソーム解析では,NLRP3遺伝子にc.1049C>T (NM_004895.4) ヘテロ変異を認めた.
Question
- この遺伝子検査結果をもとに,診断と治療をどのように変更すべきか?
Section 4
NLRP3変異は,クリオピリン関連周期熱症候群(CAPS)という稀で他臓器に影響を起こす常染色体優性遺伝疾患を生じる.
本例でみられたミスセンス変異は病的変異として報告がある.本例では兄弟姉妹や両親は健常で,変異を持っていなかった.
本例はCAPSと診断された.
その後の経過
本例ではステロイド反応性があり,熱や頭痛,皮疹,充血,視力が徐々に改善した.しかし,プレドニゾロンを漸減して 20 mg/日未満となると,再燃した.抗IL-1薬の使用を検討している.遺伝カウンセリングも行った.
Discussion
本例の視神経萎縮について
うっ血乳頭は,頭蓋内圧亢進を示唆する重要な所見である.頭蓋内圧亢進は早期の段階では視力障害を伴わずにうっ血乳頭を生じ,改善されず長期に及ぶと視神経萎縮や視力障害となる.本例では,,CAPSによる慢性無陰性髄膜炎で頭蓋内圧亢進が長期間亢進し,視神経萎縮を生じたと考える.
うっ血乳頭による二次的な視神経萎縮は,辺縁不整となり,乳頭の色調が灰色がかる.
クリオピリン関連周期熱症候群(CAPS)
NLRP3変異によるCAPSは稀な常染色体優性遺伝疾患である.
3つの亜型に分けられる(FCAS, MWS, NOMID/CINCA).
家族性寒冷蕁麻疹 familial cold autoinflammatory syndrome (FCAS), マックル-ウェルズ症候群 Muckle-Wells syndrome (MWS), 新生児期発症多臓器性炎症性疾患 neonatal-onset multisystem inflammatory disease (NOMID)などの3つの疾患から構成される.
共通する臨床的特徴として,周期熱,蕁麻疹様皮疹,関節痛/関節炎,結膜炎がある.寒冷曝露はこれらの症状の誘因となりる.
- FACS:寒冷曝露での症状誘発が特徴的である.
- MWS:より慢性の経過をたどり,進行性の感音性難聴と時にAAアミロイドーシスを生じる.
- NOMID/CINCA:最も重症型で,しばしば生まれた日から発症し,持続性の炎症や神経障害を生じる.
表現系を重複する症例もある.しばしば若年で発症する.しかし,症状は何年も見過ごされうる.
神経合併症は,NOMID/CINCAでは重要な要素であり,頭痛や痙攣,感音性難聴,筋肉痛,無菌性髄膜炎,うっ血乳頭,視神経萎縮などを生じる.
FCASやMWSでは,神経合併症はuncommonである.
CAPSは神経症状のみを呈することがあり,神経医が遭遇することももあるかもしれない.無菌性髄膜炎,特に小児や思春期の全身性の炎症(熱,皮疹,関節痛/関節炎)や炎症マーカー上昇を伴う例では,CAPSを鑑別に入れるべきである.
IL-1がCAPSの病態に関与するため.抗IL-1治療が効果的な可能性がある.
Canakinumab(IL-1βモノクローナル抗体)150mg8週間隔皮下投与で寛解維持している症例が報告されている.
Anakinra(IL-1受容体アンタゴニスト)連日皮下投与も効果的であるとされる(Anakinraは本邦未承認)
感想
難しい症例でした.実際に読んだときは,「LHONにしては違うような…?」 と思いましたが,全く知らない疾患でした.
慢性無菌性髄膜炎の原因としてこのような原因もあるのですね.
慢性髄膜炎や再発性髄膜炎は原因病態が特定できないことを経験したことがあります.無菌性とは言っても,精査が必要な症例を見極めること,可能な範囲原因を探ることが重要と感じました.
実臨床では皮疹,充血など,注意しなければ見過ごしてしまうかもしれません.一般身体所見や詳しい病歴聴取の重要性を再認識しました.