脳神経内科医によるブログです。自己学習として読んだ論文や、論文中で出た英単語を記録しています。

口顔面ジスキネジアを呈した若年男性の症例|神経内科の論文学習

Orofacial Dyskinesia in a Young Man.

 JAMA Neurology Clinical Challenge   September 23, 2019
 DOI:10.1001/jamaneurol.2019.3072

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

JAMA Neurology Clinical Challengeより口顔面ジスキネジアを呈した若年男性

 個人的に,不随意運動は苦手分野です.不随意運動を適切に解釈し,そこから鑑別を考えることがなかなかうまくできません.今後の課題です.

 


症例:30代男性

現病歴

23歳 口舌顔面の不随意運動が出現した.

27歳 嚥下障害,構音障害が出現した.舌の不随意運動で口唇咬傷を生じるようになった.ジスキネジアは食事中に悪化した.ハンカチを咥えると著明に改善した.

2ヶ月前から歩行が不安定となった.

精神症状や痙攣は無い.

神経診察

MoCA 18/30点

口顔面のジスキネジア,不随意な発声,軽度の構音障害がみられた.

筋力とトーヌスは正常.腱反射は低下~消失

協調運動や感覚は正常.Babinskiは両側陰性.歩行は軽度wide based

眼底検査は異常なし.

検査所見

電解質,乳酸,肝腎機能,甲状腺,抗核抗体,セルロプラスミン,ビタミンA,E は正常.CK 2,304 U/L.LDLリポ蛋白 61mg/dLとアポリポタンパクB 58mg/dLは軽度低下.
オリゴクローナルバンド,AQP-4抗体,髄液中自己免疫性脳炎関連抗体(NMDA, AMPA,  GABA-B, LGI-1, CASPR2, IgLON5)は陰性.

末梢血Write染色

 有棘赤血球を認めた.

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電気生理学検査

 神経伝導検査:両側正中神経と尺骨神経でCMAP低下とSNAP低下を認めた.

 筋電図:下肢で神経原性変化を認めた.

脳MRI

 両側尾状核の著明な萎縮を認めた.

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診断は?

 A:パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)
 B:低βリポ蛋白
 C:有棘赤血球舞踏病(Chorea-acanthocytosis)
 D:ハンチントン病類縁疾患2型(HDL-2)

Discussion

鑑別疾患

  • 口顔面ジスキネジアが主症状→ 遺伝性や二次性にジストニアを生じる疾患を考慮する.
  • 有棘赤血球→ 神経有棘赤血球症(Neuroacanthocytosis)と,遺伝性リポ蛋白代謝異常症(例:無βリポ蛋白血症,低βリポ蛋白血症)が鑑別として挙げられる.
  • 著明な尾状核の萎縮→ 種々の錐体外路障害疾患(ハンチントン病や ハンチントン病類縁疾患2型,有棘赤血球舞踏病, McLeod病)を示唆する.

Wilson病,遺伝性リポ蛋白代謝異常症,ハンチントン病など

 セルロプラスミンが正常であるためWilson病は除外.他の代謝性疾患や自己免疫性疾患を示唆する所見もない.

 LDL,apoB,ビタミンEは軽度低下~正常程度であり,遺伝性リポ蛋白代謝異常症らしくはない.

 有棘赤血球はハンチントン病ではみられない.

神経有棘赤血球症 (Neuroacanthocytosis)

 基底核障害により,種々の運動障害を生じる疾患群.

 パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN),ハンチントン病類縁疾患2型(HDL-2),有棘赤血球舞踏病,McLeod病などの疾患が含まれる.

パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)

 初期症状は,口舌顔面四肢ジストニアや,構音障害,舞踏病アテトーシス,痙性であり,通常,色素性網膜症も生じる認知脳障害も目立った症候である.

 基底核への鉄沈着により,典型的にはMRIで "eye-of-tiger" の所見を認めることがある.本例の眼底所見は正常であり,PKANらしくない.

ハンチントン病類縁疾患2型(HDL-2)

 常染色体優性遺伝で,junctophilin-3遺伝子のりピート延長が原因.

 舞踏病,ジストニアを呈する.通常,腱反射は亢進し,末梢神経や筋自体は正常である.

 本例の腱反射低下~消失やCK上昇,SNAP低下はHDL-2らしくない.

有棘赤血球舞踏病(Chorea-acanthocytosis)

 常染色体劣性遺伝の疾患で,進行性.

 舞踏病,口舌顔面ジストニア,ジスキネジア,構音障害,不随意性発声,不随意な舌口唇咬傷を生じる

 末梢神経や筋の障害が重要な特徴であり,種々の筋力低下,筋萎縮,腱反射消失,軽度の軸索性ニューロパチーを呈する.

 多くで高CK血症(<3000 U/L)もみられるが,筋電図では神経原性変化を認める.

本例では…

 明らかな口顔面ジスキネジアがあり,加えて高CK血症軸索障害型ニューロパチー筋電図での神経原性変化尾状核萎縮も認めた.これらから有棘赤血球舞踏病が想定される.

 全エクソン解析を行い,VPS13A遺伝子にc.2964 + 5(IVS28)G>Aの点変異と,もう一方にc.5881(exon45)C>Tの点変異を認めた.有棘赤血球舞踏病と診断した.

 ハロペリドール2mg1日2回〈本邦では保険適応外〉を開始され,不随意運動は軽減した.

 

診断

 有棘赤血球舞踏病 (Chorea-acanthocytosis)