脳神経内科医によるブログです。自己学習として読んだ論文や、論文中で出た英単語を記録しています。

高齢で発症した両側下垂足の症例|神経内科の論文学習

 


Clinical Reasoning: A case of bilateral foot drop in a 74-year-old man

 Neurology. 2020 Mar 3;94(9):405-409.
 PMID: 32041727
 DOI: 10.1212/WNL.0000000000008760


  

n.neurology.org



両側下垂足の症例(Clinical Reasoning)

Section 1

75歳 男性

既往歴

特になし

現病歴

成長発達や小児期の運動能力は異常なく.
5年前から進行性の両下肢下垂足が出現した.
3年前から足関節の変形が見られた.

上肢の筋力,感覚は正常で,しびれや筋肉痛,こむら返り,筋肉のこわばり などは見られなかった.

家族歴

母に両側下垂足,足関節拘縮,歩行障害があった

兄弟二人,姉妹一人,息子には同様の症状がなかった.

神経学的所見

両下肢遠位での筋力低下があり,足関節背屈の筋力は0

対称性の下肢遠位と足内在筋の萎縮を認め,膝蓋腱反射とアキレス腱反射が消失していた.歩行は鶏歩であった.筋トーヌスは 両側足関節で低下していた.

感覚は正常であった.

両側軽度pes cavus,槌状足指(hammertoes)がみられた.

他の神経所見と身体所見は正常であった

Question
  1. 鑑別診断は?
  2. どのような検査を行うべきか?

Section 2

下垂足は 前脛骨筋の筋力低下で生じ,足関節の背屈が障害される.

システマティックに局在診断を行うことが重要である.

中枢病変

脳や脊髄 では 両側下垂足だけを生じることは稀である.

L5より上位の障害で下垂足を生じ得るが,本例ではそれらを示唆する上位運動ニューロン徴候や他の脊髄障害 を示唆する所見がなかった.

前角細胞障害

ALS:下垂足を生じ得る.本例では上位運動ニューロン徴候や線維束性収縮,球症状などがなく,非常に緩徐進行であるため非典型的である.

進行性筋萎縮症:下位運動ニューロン徴候のみを生じる疾患で,非対称性で髄節性の障害を示す.しかし,遠位優位の左右対称性の障害も報告されている.

両側L5神経根症,腰神経叢障害

両側下垂足を生じ得る.

しかし,本例ではそれらを示唆するL5髄節の感覚障害や疼痛,近位での筋力低下などはみられなかった.

末梢神経障害

両側坐骨神経あるいは 総腓骨神経 などの 前脛骨筋を支配する神経の障害も可能性がある.

総腓骨神経は腓骨頭での圧迫で生じ,通常,感覚障害を伴う.

本例では圧迫するような病歴がなかった.感覚障害がないこと,足関節内転,足底屈曲筋 などの筋力低下も見られていたことが腓骨頭での圧迫 らしくはない.
同様に 感覚障害がないこと,ハムストリングの筋力低下がないことは 坐骨神経障害らしくもない.

ポリニューロパチー

遺伝性,後天性とも下垂足の原因となり得る.

pure motorな表現型は原因を絞り込む上で有用な情報である.

多相性運動ニューロパチー:慢性片側性の進行性筋力低下や下垂足を生じ得る.

遠位型の遺伝性ニューロパチー:最もcommonなのは,シャルコーマリートゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease : CMT)である.CMT は運動感覚ポリニューロパチーで感覚神経の活動電位異常や感覚障害などを伴う.

遺伝性遠位型運動ニューロパチー(distal hereditary motor neuropathy : dHMN):純粋な運動症状や家族歴からdHMNが強く疑われる.臨床像として非常に緩徐な長さ依存性のニューロパチーを呈する.しばしば20代で発症するが,遅発型も報告されている.原因となる遺伝子が多く同定されているが,病的な遺伝子変異は20%未満でしか見つからない.

神経筋接合部疾患

神経筋接合部疾患や先天性金無力症で両側下垂足単独を生じることはまれである。

先天性筋無力症/dHMN overlap:synapto-tagmin 2(SyT2)変異で生じ,遠位優位の筋力低下や,足変形,筋接合部の節前での障害があり,運動後CMAP試験で異常が証明される.

ミオパチー

myofibrillarミオパチーやGNEミオパチーなどの遺伝性遠位ミオパチーで下垂足が目立つ.

myofibrillarミオパチー:臨床的,遺伝学的に不均一な疾患で(関連する遺伝子:MYOT, DES, CRYAB, ZASP, FLNC,BAG3),進行性の筋力低下を生じる.典型的には成人発症である.

GNEミオパチー:典型的には,成人早期~中年期足関節背屈障害で発症する.dHMNと遠位ミオパチーを鑑別するのは困難である.

dHMNとGNEミオパチーの鑑別点
  • dHMNでは初期から手内筋を含む上肢筋が障害される
  • 遠位ミオパチーでは前腕や手指の筋が障害される.

本例では,下肢の症状のみであった,表現系から診断することは困難であった.電気生理学的検査含め,病態評価のため,追加検査が必要である.

本例での検査所見

血液検査:CK,HbA1c,甲状腺機能,ビタミンB12,蛋白電気泳動など正常.

神経伝導検査:前脛骨筋でCMAP低下を認めたが,他の運動感覚神経は年齢相応.

筋電図:前脛骨筋と腓腹筋内側頭で高度の動員低下,自発放電の増加を認めた.

 → 慢性軸索性ニューロパチーが示唆された.

Question
  1. さらにどのような追加検査を検討するか?

Section 3

臨床像,家族歴,電気生理学的所見などの結果から,dHMNが強く疑われた.

遺伝性ニューロパチーに関してNGSを行ったところ,MED25遺伝子に病的かどうか不明なヘテロ変異が認められた(p.Pro682- Leu; c.2045C>T).

MED25遺伝子は,CMT type2Bと関係する.

CMT type2B:常染色体劣性遺伝の軸索型ニューロパチーで,遠位筋力低下や軽度感覚障害を生じ,神経伝導速度は正常~ほぼ正常である.ホモ変異あるいは,複合ヘテロ変異で発症する.本例はヘテロ変異でありCMT type 2Bらしくない.

本例でWESを施行したところ,MYOT遺伝子にp. Ser60Cys (c.179C>G)と,病的なヘテロ変異を認めた.この変異は,過去にmyofibrillar myopathyの報告がある.

Discussion

myotilinopathy
  • MYOT遺伝子: 5q31に位置し,myotilinをエンコードする.myotilinopathyの原因となる.myofibrillarミオパチーの約10%を占める
    MYOT変異では常染色体優性遺伝の腰肢帯型筋ジストロフィーtype1Aを呈することが多く,次いで遠位ミオパチーを呈することが多い.
  • 発症45~60歳で発症する.
  • 症状下肢遠位筋力低下はmyotilinopathyの共通の症状で,80%で見られる.
  • その他の特徴:筋肉痛や筋こむら返り,太いアキレス腱,腱反射低下,CK正常~軽度上昇,などがある.
  • 筋MRIヒラメ筋の異常が最多で,次いで前脛骨筋,内側腓腹筋にも異常がみられやすい.
  • 筋電図安静時異常放電(fib,PSW,CRD,myotonic discharge)を認め得る.myotilinは末梢神経にも発現しているため,末梢神経障害も併存することがある
本例では

本例では臨床的,電気生理学的にdHMNが示唆されたが,WESでmyofibrillarと診断された.dHMNとMYOTで表現系が重複しているが,本例は後方視的にはdHMNよりMYOTの方が合致していると考えられる.

進行したミオパチーではmotor unit recruitmentが減少する.しかし,本例では再神経化の所見(慢性運動神経障害の所見)が乏しかった.筋原性と神経原性変化の混合パターンは,myotilinopathyで報告がある.

本例では,心筋障害の症状や経過はない.しかし,無症候性の心筋症が報告されているため,心エコー等の検査が勧められる.
筋生検で,追加情報が得られる.しかし,myotilinopathyの診断や治療に影響しないと考えられ,本例では施行されていない.

下垂足単独を生じた症例では,遠位ミオパチー(myotilinopathyなど)を考慮すべきである

dHMNが疑われる症例の一部は遠位型ミオパチーの可能性があり,dHMNに加え,遠位ミオパチーの広範な遺伝子検査を実施することが勧められる.
 

感想

診断が難しい症例でした.

MED25遺伝子で(病的かどうか不明な)遺伝子異常がみられた点や,電気生理学的検査で神経原性変化を認めた点は,非常に紛らわしい点と思います.

自分なら診断できるのか…

施行してはいないようですが,筋生検での所見も気になるところです.

dHMN,遠位ミオパチーをもう一度復習したいです.

 


 

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