骨病変を伴うミオパチー(Clinical Reasoning)|神経内科の論文学習
Clinical Reasoning: Progressive proximal weakness in a 56-year-old man with bone pain
Neurology. 2019 Nov 19;93(21):939-944.
doi:10.1212/WNL.0000000000008535
Section 1(発症~転院)
症例 56歳 男性
現病歴
両上肢挙上困難で発症し,年単位で緩徐に進行した.
1.5年前から骨痛と関節痛があり,徐々に悪化している.
既往歴・家族歴・生活歴
COPDの既往がある.喫煙者で18歳から0.5箱/日の喫煙をしている.
最近の予防接種歴はない.
家族歴
神経疾患の家族歴はない.
父は心臓発作で56歳のときに他界した.
母は早期発症Alzheimer病に罹患している.
当初の診断
当初はCIDPが考えられた.しかし,感覚症状が無く,腱反射も保たれていた.
検査結果
- 血液検査:軽度のALP上昇を認めた.CK,Aldolase,Ca は正常であった.炎症反応とリウマチ検査は陰性で,内分泌的異常は認めなかった.血清κとλ軽鎖は軽度上昇していたが,血清蛋白電気泳動は正常であった.
- 脊椎造影MRI:C4~7に硬化性変化を認めたが,それ以外は明らかな異常はなかった.
- 脳MRI:正常.
- 骨シンチ:頚椎,胸椎,腰椎で骨代謝亢進部を認め,左橈骨では不均一な硬化性・腰骨性変化を認めた.
- 胸腹骨盤部CT:悪性腫瘍は認めなかったが,胸部での脂肪萎縮を認めた.
- PET:椎体で取り込み低下を認めた.
確定診断に至らなかった.筋力低下は進行し,頻回に転倒するようになった.4ヶ月後に他院へ転院した.
Questions
- 骨病変と筋力低下に関連性はあるか?
- どのように鑑別を進めるか?
Section 2(転院後~検査所見)
転院後の神経所見
右の翼状肩甲と,肩甲帯の軽度萎縮,腹部膨満を認めた.加えて,近位優位の筋力低下(三角巾 3/5,腸腰筋 3+/5,上腕二頭筋/上腕三頭筋/手関節屈曲/手関節伸展/大腿四頭筋/足関節背屈 4~4+/5).握力は16/17kgと低下していた.
動揺性歩行を認めた.
脳神経,反射,感覚は正常.小脳失調は見られなかった.
鑑別疾患
多発骨病変+筋力低下から鑑別
パラプロテイン血症(多発性骨髄腫,POEMS症候群)や,転移性骨腫瘍を考えた.
(しかし,初期評価ではそれらを示唆する所見は認めなかった)
近位筋筋力低下から鑑別
近位筋筋力低下の鑑別は多岐に渡る.ミオパチーや非ミオパチーの病態など.
- 炎症性筋疾患
炎症性ミオパチー(皮膚筋炎,多発性筋炎)を考慮すべき.しかし,筋逸脱酵素や抗体が陰性であったため非典型的であった.さらに,皮膚筋炎を示唆する皮膚所見は認めなかった.
封入体筋炎も考慮したが,大腿四頭筋筋力が保たれる点が非典型的である. - 遺伝性ミオパチー
遺伝性ミオパチー(腰肢帯型筋ジストロフィー,顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー)は,肩甲帯筋力低下や翼状肩甲で想定される疾患である.しかし,顔面筋が保たれ,早期に下肢筋力低下が生じている点は顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーらしくなく,両者とも若年で発症する. - 非筋疾患
LEMS:近位筋の筋力低下を生じるが,症状の変動や,自律神経症状はなかった.
運動ニューロン疾患(MND):無痛性の筋力低下は,MNDの可能性が考えられるが,上位運動ニューロン兆候,下位運動ニューロン兆候とも認めない.
CIDP:腱反射が保たれている点からCIDPらしくない.
追加検査
- 橈骨の病変から生検:骨Paget病を認めた.
- 筋電図:三角筋では,低振幅/軽度の多相性のMUPを認めた.三角筋・上腕二頭筋・腸腰筋・外側広筋では,早期動員を認めた.自発放電は見られなかった.
- 筋生検(右四頭筋):筋繊維の大小不同と.内在核を認めた.わずかに縁取り空胞を認め,電子顕微鏡ではこれらの空胞に封入体を認めた.
Question
- どのような疾患スペクトラムが考えられるか?
Section 3(筋病理所見から鑑別)
縁取り空胞を伴うミオパチーに関して
縁取り空胞は多くのミオパチー(特発性封入体筋炎,myofibrillar myopathyなど)でみられる非特異的な所見である.
本例の臨床像は封入体筋炎らしくなく,電子顕微鏡の結果はmyofibrillar myopathyらしくはなかった.
縁取り空胞を生じる稀な疾患として,骨パジェット病および前頭側頭型認知症をともなう封入体ミオパチー(inclusion body myopathy associated with Paget disease and frontotemporal dementia:IBMPFD)があり.本例ではIBMPFDが疑わしい.
IBMPFD
IBMPFDは不均一な臨床兆候を呈する.ミオパチー,骨Paget病,前頭側頭型認知症が三兆であるが,三兆がすべて揃うのは12%である.
ミオパチー
80~90%でみられ,30%では単独の症状である.
筋力低下は近位筋優位だが,遠位筋も傷害される.
- 通常,CKは正常である.
- 筋電図では筋原性の変化を示するが,時に神経原性変化もみられる.
- 筋生検では,筋の大小不同,縁取り空砲,valosin-containing protein (VCP)やubiquitin, or TDP-43を含む封入体などの所見がみられる.
骨Paget病
50%では骨Paget病を呈しする.
時に典型的な症状に10年先行する.
前頭側頭型認知症(FTD)
30%でFTDを生じる.通常はbehavioral variantである.
FTDは後期で生じる.
三兆以外の特徴
肝脂肪変性,拡張型心筋症,括約筋障害,白内障,感覚運動軸索型ニューロパチー,小脳失調などが報告されている.
Question for consideration
- どのように確定診断するか?
Section4(診断)
VCPのexon5でミスセンス変異を認め,IBMPFDと確定診断した.
IBMPFDの概要
概要・病態
常染色体優性遺伝で,VCP遺伝子(9p13.3)の変異が原因である.
VCPはDNA修復やアポトーシス,細胞周期コントロール,蛋白分解に関与する.約45種類の変異が報告されている.遺伝子変異により,VCPの正常な作用が障害され,異常な蛋白凝集を生じる.
近年では,非VCP蛋白変異(SQSTM1, HNRPNA2B1, HNRNPA1)もIBMPFDに関与することが分かっている.
IBMPFDは稀な疾患である.
多系統が傷害される疾患で,様々な疾患と紛らわしい.
治療・フォローアップ
進行抑制の治療はない.リハビリや補助具を用いる.
ビスホスホネート製剤は骨Paget病の骨痛を改善するが,他の症状の治療になるエビデンスはない.
SSRIはFTDのbehavioral symptomに有用であるとの報告がある.
進行期には,呼吸不全や心不全が生じ,呼吸器が必要になることがある.
心電図,心エコー,定期的な呼吸機能検査を行うことが望ましい.
まとめ
骨病変を合併するミオパチー症例では,IBMPFDを疑う必要がある.