Clinical Reasoning:Heart to swallow (心臓から嚥下へ??)|神経内科の論文学習
最終更新 2021年1月10日
2016年のClinical Reasoningです.以前から読もうと思っていましたが,なかなか時間が取れず.今回,さらっと読んでみたので共有いたします.
タイトルからは”何のことか?”とさっぱり分かりませんでしたが,内容は非常に興味深いものでした.
心臓から嚥下へ?(Heart to swallow)
Clinical Reasoning: Heart to swallow
Neurology. 2016 May 17;86(20):e210-4.
PMID: 27185901
DOI: 10.1212/WNL.0000000000002681.
SECTION 1
55歳女性
【現病歴】
双極性障害でリチウム,ハロペリドール,シタロプラムを処方されていた.
入院1週間前に,下痢や嘔吐などの胃腸炎症状を生じ,脱水で腎機能が高度に悪化した.
入院数日前に,進行性に意識が悪くなり,構音障害や姿勢時振戦も伴った.振戦は,約8Hzの不規則な動きで,特に手で目立った.
入院時の意識状態はE4V5M5で,高度の構音障害,失調があるが,巣症状はなかった.腱反射は正常であった.
血液検査では,Cr 220 mmol/L と高値 (正常範囲 49~90),eGFR 2 mL/min/1.73 m2 と低下していた .
リチウム濃度 5.8 mmol/L (治療域 0.6~0.8 mmol/L)であった.心電図では,QTc 533msであること以外は異常なし(正常範囲<450ms)
Question
1.症状とリチウム,腎機能の関連性は?
2.本症例の治療は?SECTION 2
意識障害,振戦は中毒(リチウム,セロトニン系,抗てんかん薬など)や,アルコール離脱で生じる.振戦は,リチウム中毒での典型的な特徴である.
本例は,hypovolemiaによる腎不全でリチウム濃度上昇し,リチウム神経中毒を生じたと考えられた.
リチウムは腎排泄である.そのため腎機能障害で急性のリチウム中毒が誘発される.リチウム中毒症例は,しばしば腸管症状(嘔気嘔吐など)を生じうる.腸管症状が重度の場合,脱水でさらに腎機能障害が進行し,リチウム排泄が悪くなり,リチウム中毒が悪化する.
リチウム中毒の治療では,脱水補正とリチウム除去を考える.
補液は電解質と水分のバランスを補正し,腎機能を維持・改善させ,リチウムのクリアランスを最大化する.
リチウムの除去は,薬剤中止や血液透析,continuous veno-venous hemofiltration (CVVH)などによる体外への除去でを行う.リチウムは低分子で蛋白に結合せず分布するため,透析で迅速に除去される.通常,1回の血液透析や,24時間のCVVHで十分である.リバウンドを防ぐため,正常値まで改善した後も持続透析を続けることを勧める専門家もいる.
本症例では,補液で治療開始し,CVVHも行った.CVVHは24時間続け,治療域までリチウム濃度が低下した.
しかし,リチウム濃度が正常化しても重度の昏睡と,神経症状は14日間持続した.
Question
1.神経症状が持続することに対して鑑別診断を考慮すべきか?
SECTION 3
リチウムは中枢神経への吸収が比較的緩徐である.そのため,通常,リチウム中毒では遅れて神経合併症が出現する.
さらに,透析でリチウムを除去しても症状が持続しうる.この長引く症状は, “syndrome of irreversible lithium effectuated neurotoxicity” (SILENT)と呼ばれ,長引く神経精神後遺症となり,月単位で持続する.中枢神経の様々な場所で脱髄が生じ,MRIでは白質の局在性異常を認める.
本例では,神経症状に加えて,周期性の症候性徐脈と房室ブロックにより低血圧が生じた.注意深く観察すると,徐脈と嚥下が関連していることが分かった.
本例は,以前まで嚥下時に症候性の徐脈や前失神症状はなかった.
心電図では嚥下後に徐脈が認められた(サイトでは嚥下時の徐脈のビデオ有り).この嚥下後の徐脈は入院後1週間持続し,最終的に消失した.入院2週後には神経症状は正常に改善し,精神施設へリハビリや投薬調整のため転院した.
Questions
1.本例のビデオで認められた現象は何か?
2.この現象の病態機序とリチウム中毒との関係は?SECTION 4
本例は,嚥下誘発性の周期性一過性徐脈を生じたが,意識消失を生じるほどではなく,失神ではなかった.
嚥下誘発性の徐脈は"嚥下性失神"に特徴的であり,嚥下性失神は稀な反射性失神症候群である.この病態機序は完全には解明されていないが,嚥下時に舌咽神経が活性化することで迷走神経反射が生じるためと考えられている.遠心性刺激は,右迷走神経を介して洞房結節に,左迷走神経を介して房室結節に伝わり,さまざまな種類の発作性徐脈と心拍出低下をきたす.アトロピンなどの抗コリン薬が嚥下性徐脈を予防するのに効果的であることから,迷走神経経路の反射が重要視されている.
最近の,嚥下性失神 80例のレビューによると,多くの症例は(62%)は胃腸管疾患があるとされる.治療は永続的ペースメーカー挿入であり,徐脈でQOLを大きく損ねる症例では,通常この治療が有効である.
DISCUSSION
本例は,慢性的にリチウム治療を受け,腎前性腎障害により腎臓からリチウム排出ができず,リチウム中毒が生じ,重度の神経症状や,心症状を呈した.
リチウムは,精神症や双極性うつ病障害などに対して19世紀から使用されて有効ではあるが,治療域が狭く,リチウムで慢性的に治療を受けている患者は,少なくとも1回は中毒を生じるとされている.
高リチウム濃度でも無症状あることや,治療域でも重度の中毒を生じることがある.そのため,診断と治療は臨床症状とリチウム濃度を組み合わせて行う必要がある.
急速なリチウム濃度正常化にも関わらず,神経症状は数週間持続する(SILENT syndromeと呼ばれる).症状としては,昏睡状態,失調,混乱,興奮,神経筋興奮などである.
神経症状に加えて,本例では心臓での中毒症状が生じた.本例は高度にQTcが延長し,リチウム濃度正常化後に急速に改善した.注目すべきは,ICU滞在期間中に,症候性の嚥下時の洞結節徐脈と房室ブロックを生じたことである.心毒性により心電図変化を生じた可能性がある.不整脈はまれであるが,QTc延長と徐脈は報告されている.しかし,嚥下誘発性徐脈の報告があるものの,リチウム中毒で生じたという報告はない.リチウムは神経のナトリウムトランスポーターの働きを変化させ,神経代謝を増やし,カテコラミン貯蔵を減らす.心臓では,リチウムは心臓のナトリウムチャネルを阻害する.このリチウム関連のナトリウムチャネルブロックは,伝導障害やブルガダ症候群などの異常を顕在化させうる.
自律神経の検査も考慮したが,神経症状と精神症状が持続したため,行えなかった.神経精神症状が改善した頃には,嚥下時の失神は完全に改善していた.最終的には,心臓のナトリウムチャネル異常に関連する遺伝子異常も検索したが,(48遺伝子をNGSで検索した)が異常は発見されなかった.
論文を読んだ感想
文献中にもありましたが,リチウム中毒の症状は血中濃度のみで判断はできないことは覚えておかないといけないでしょうか.治療域でも症状を生じうることは知りませんでした.
SILENT syndrome,今回初めて知りました.時に月単位で神経症状が続くということを知らないと,広範な検査を実施してしまうかもしれません.
徐脈については,なかなか脳神経内科で対応することは無いかもしれませんが,頭の片隅に入れておきたいです.
個人的な備忘録
- リチウム内服者の消化器症状,神経症状をみたらリチウム中毒を疑う.
- リチウム血中濃度だけをみてリチウム中毒を否定しない.
- リチウム中毒では血中濃度改善後も症状が長引くことがある(SILENT).
- リチウム中毒では心臓伝導系への影響も注意する.