脳神経内科医によるブログです。自己学習として読んだ論文や、論文中で出た英単語を記録しています。

近位筋の筋力低下を生じた症例:症例問題|神経内科の論文学習

Proximal muscle weakness (BMJ Practical neurology)

 Pract Neurol 2019;19:321–325.
 DOI:10.1136/practneurol-2019-002204

pn.bmj.com

 

近位筋筋力低下

 タイトルは普通だな,と思って読みましたが,内容は非常に興味深い内容でした.

 希少疾患ではありますが,治療の可能性がある疾患として重要であると感じました.国内ではどのように検査すればいいか……また調べたいと思います.

※一部,本邦で保険適用外の治療法が記載されています.ご留意ください.

 

症例

38歳 女性

【現病歴】

 1年前から階段を上ることや長距離歩行が難しくなり,車椅子が必要になった.

 最近になって,上肢の筋力低下も出現し,髪を結ぶことが困難になり,軽い物も持てなくなった.軽労作で息切れするようになり,筋萎縮で体重が12ポンド(5.4kg)減った.

 筋痛や褐色尿,筋痙攣,視覚障害,聴力障害,構音障害,嚥下障害,感覚低下,異常感覚,膀胱直腸障害,発熱,皮疹,関節痛などはなかった.成長発達は正常であった.

【既往歴】

 特記すべき既往はない.

 脂質降下薬は使用しておらず,違法薬物使用や毒物への曝露はない.

【家族歴】

 家族歴はなく,血族婚もない.

【診察所見】

 両側性で左右対称性の翼状肩甲を認める.

 徒手筋力試験では,頸部屈曲4-,頸部進展5,肩関節外転4/4,肘外旋4/4,肘屈曲4/4,肘伸展4+/4+,手首屈曲5/5,手首伸展5/5,手指屈曲5/5,手指伸展5/5,股関節屈曲4/4,股関節伸展3/3,股関節外転3/3,膝伸展4+/4+,膝屈曲4/4,足背屈5/5,足関節底屈5/5.

 腱反射は,三角筋,腕撓骨筋,アキレス腱で1+,上腕二頭筋,膝蓋腱で2+.

 歩行は動揺性.足底反射は屈曲.感覚や協調運動は正常.

 把握ミオトニアやパラミオトニア,線維束攣縮は認めない.

 筋肉量やトーヌスは正常.脳神経は正常.

Question 1:鑑別疾患は?

 

 

 対称性な上下肢の近位筋筋力低下はミオパチーを考える

 鑑別疾患として,後天性ミオパチー(例:炎症性,中毒性ミオパチー),遺伝性ミオパチー(例:筋ジストロフィー,遅発性先天性ミオパチー/代謝性ミオパチー)など.

 眼神経筋接合部疾患も考慮する必要がある(筋無力症の90%で眼筋症状がある).筋症状や症状の変動はない点は重症筋無力症としては非典型的で,自律神経症状が無い点と,膝蓋腱反射が保たれていることはLambert-Eaton症候群として非典型的である.

 SMA typeⅢなどの運動ニューロン疾患は本例よりも緩徐に進行する.

Question 2: 検査は何を行うか?

 

 

 血清CK 682~1464 U/Lと上昇

 血算,電解質,抗核抗体,ANCA,TSH,赤沈,CRP,血清蛋白免疫固定法,B型肝炎検査,C型肝炎検査,筋炎特異的抗体パネルは,すべて正常あるいは陰性.

 筋電図は右胸部脊柱起立筋と右腓腹筋で自発放電(Positive sharp waveとFibrillation)を認めるが,MUP形態異常や動員に異常は認めない.

 右腓腹筋の筋生検は正常.

 経胸壁心エコーは正常.

Question 3:検査結果をどのように解釈する?

 

 

 Positive sharp waveとFibrillationは神経原性でも筋原性でも生じうる非特異的な所見であるMUP形態異常と動員所見は神経原性と筋原性の鑑別に役立つが(神経原性でhigh amplitudeとlong durationで動員低下.筋原性でlow amplitudeとshort durationで早期動員),本症例では見られなかった.

 生検に適した筋は,臨床的に筋力低下しているが廃絶しきっていない筋である.本例では右腓腹筋は筋力が正常であり,筋生検が診断につながらなかったと考えた.

 本症例では,病歴や診察所見,高CK血症などから,筋疾患を考える.

 考えられる筋疾患として,成人発症の腰肢帯型筋ジストロフィーを最も考える(翼状肩甲は後天性ミオパミーでは稀).

 それよりも頻度は低くなるが、幾つかの先天性ミオパミー(例:セントラルコア)は,本例のように成人発症する.

 代謝性ミオパミーも考慮すべきである.本例はMcArdle病のような運動不耐症やミオグロビン尿症はない.しかし,成人発症Pompe病は進行性近位筋筋力低下や,軽度~中等度のCK上昇,筋電図での筋原性変化を呈する.Pompe病歴は現在,酵素補充療法があるため,考慮する事が重要である.

 稀だが,脂肪蓄積性ミオパミーも同様の臨床像を呈する.しかし,急速に進行する脂肪蓄積性ミオパチー(ミトコンドリア三頭酵素欠損症,極長鎖アシル CoA 脱水素酵素欠損症,カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ-Ⅱ欠損など)らしくはない.横ばい~進行性で経過する脂肪蓄積性ミオパチーは考慮すべきである.

Question 4: どのように検査を続けるべきか?

 

 

 Pompe病のスクリーニングとして,血清アルファグルコシダーゼ活性を行ったが異常なし.

 腰肢帯型筋ジストロフィーで多い遺伝子変異(ANO5, CAPN3, CAV3, DMD, DES, DNAJB6, DYSF, FKRP, FKTN, GAA, GMPPB, LMNA, MYOT, POMGNT1, POMT1, POMT2, SGCA, SGCB, SGCD, SGCG, TCAP, TNPO3, TRIM32 , TTN)も検査したが,異常はなかった.

 左上腕二頭筋と左三角筋で筋電図を施行し,刺入時活動の増加と,自発放電(Positive sharp waveとFibrillation),早期動員,short-duration, low-amplitude,多相性のMUPを認めた

 同日,右三角筋の筋生検を施行.

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 A:筋繊維の空胞化(HE染色)
 B:細胞質内に脂肪を含んだ小胞(oil red O染色)
 C:グリコーゲンは認めない(PAS染色)
 D:筋繊維内に多数の脂肪小胞(電子顕微鏡)

Question 5: 確定診断に最も有用な検査は?

 

 

 本症例は,広範に筋繊維内の脂肪蓄積を認め,脂肪蓄積性ミオパチーと考えられた.

 脂肪蓄積性ミオパチーは,原発性カルニチン欠損症や,複合アシルCoA脱水素酵素欠損症(MADD),中性脂質蓄積症)などで生じる.これらの疾患は,運動不耐症より,むしろ進行性の近位筋筋力低下をきたす.
 血清遊離カルニチン,血清総カルニチン,血清アシルカルニチン(絶食12時間の検査が診断に有用),尿中有機酸がこれら3つの鑑別に有用である.

 原発性カルニチン欠乏症では,血清遊離&総カルニチン,血清アシルカルニチンが著明に低下するが,尿中有機酸は正常である.

 複合アシルCoA脱水素酵素欠損症(MADD)では,血清の短鎖(C4-8),中鎖(C8-12),長鎖(>C12)アシルカルニチンは上昇し,血清遊離&総カルニチンは正常から二次的に低下する,尿中有機酸は上昇する.

 中性脂肪蓄積病では,蓄積するのは脂肪酸ではなく,トリグリセライドであるため,血清血清遊離&総カルニチンと血清アシルカルニチン,尿中有機酸はすべて正常である.

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 本例の血清遊離カルニチン濃度は 19 μmol/L(正常:25~60) と軽度低下し,総カルニチンは 23 μmol/L(正常:5~29)と正常範囲であった(原発性カルニチン欠乏症は除外).アシルカルニチン分画では,短・中・長鎖アシルカルニチン濃度は上昇し,尿中有機酸では2-hydroxyglutaric acidが上昇した.

 これらの所見からMADDが示唆された.

Question 6: どのように確定診断し治療するか?

 

 

 MADDは常染色体劣性遺伝の疾患で,93%がETFDHの変異で生じる(ETFDHはelectron transfer flavoprotein–ubiquinone oxidoreductase (ETF-QO)をコードする).多くは,リボフラビン投与に反応する.

 本例のETFDH遺伝子検査で,c.814G>A, p.Gly272Arg と c.1204A>G, p.Thr402Alaの2つの変異を認めた.

 3週間のリボフラビン内服(400mg/日)で筋力と身体機能は著明に改善した車椅子なしであるけるようになり,歩行時の息切れが無くなり,手の力を使わず椅子から立ち上がることができるようになった.3ヶ月後,筋力は改善した:頸部屈曲4+,肩外転5/5,肘外旋5/5,肘屈曲5/5,肘伸展5/5,股関節伸展4/4,股関節外転4/4,膝伸展5/5.膝屈曲5/5.治療3ヶ月時点でCKは89 U/Lで,血清アシルカルニチンは正常化~低下した.

 リボフラビン400mg/日を継続することとした.

コメント

 MADD(グルタル酸尿症2型とも呼ばれる)は常染色体劣性遺伝形式の疾患で,STFDH変異が93%,ETFA/B変異が(~7%)が原因である.ミトコンドリア内での短鎖,中鎖,長鎖脂肪酸から呼吸鎖へのβ酸化での電子の受け渡しが阻害される.結果的に,すべての長さの脂肪酸が増える.血清ではアシルカルニチンの形で,尿では有機酸の形で増え,それらは脂肪酸酸化の障害を示唆する.

 リボフラビン(ビタミンB2)はフラビンアデノシンジヌクレオチドの前駆体で,EETFDH(ETF-QO)とETFA/B(ETF)でコードされるフラボプロテインの補因子として必要である.リボフラビン100~400mg/日投与が効果があったとするMADDが少数報告されている.

 MADDの表現形は年齢により大きく異なる.成人期発症例は,近位筋ミオパチーを呈する新生児発症例では,しばしば多臓器不全で致死的な経過をたどる.

 CKや筋電図,血清アシルカルニチン分画,尿有機酸が正常であってもMADDは除外できない非特異的だが,MRIで大腿部の背側や臀部の筋での脂肪置換や筋萎縮がみられるMADDの診断は筋生検と遺伝子検査が主である.筋生検では,広範な筋肉内脂肪滴蓄積を認める.

 本症例のミオパチーは,多くの場合リボフラビン投与が著効する本邦では保険適応外〉